会社入口前でスーツでたたずむ渡部恒郎株式会社日本M&Aセンター 取締役

優れた会社やサービスを地域に残す M&Aは経営戦略の一つ

M&A(mergers and acquisitions:合併と買収)という言葉から、大企業の買収劇などを思い浮かべ、自社には関係ないと感じる経営者は少なくないでしょう。しかし、M&Aの対象となる企業は想像以上に幅広く、事業承継の手段として一般化しつつあるようです。業界再編M&Aの第一人者で、株式会社日本M&Aセンター取締役の渡部恒郎さんに、近年の中堅・中小企業におけるM&Aの実態と、望ましいM&Aのあり方について話を伺いました。

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)
撮影/山本 未紗子(株式会社BrightEN photo)
編集/ステップ編集部

渡部恒郎さんプロフィール写真

渡部恒郎(わたなべ・つねお)
株式会社日本M&Aセンター 取締役
1983年大分県生まれ、大阪府育ち。京都大学経済学部を卒業後、2008年に新卒2期生として日本M&Aセンター入社。2008~2015年の8年間で最優秀社員賞を3度受賞。M&Aプレイヤーとして、100件を超えるM&Aを成約に導き、同期間において中堅・中小企業M&AのNo.1コンサルタントとしてM&A業界を牽引してきた。業界再編M&Aの第一人者。M&Aのプロフェッショナルファームとなる業界再編部を立ち上げ、わずか3年後、11人で売上29億円の部署に育て上げ、2019年には同社内で最大の部署となる。2020年、同社最年少で取締役に就任。業種特化事業部長、会計チャネル部長、コンサルタント戦略営業部長、札幌営業所長を兼任。2020年11月末時点で、国内の時価総額1兆円以上企業における最年少の常勤取締役となった。

従業員20人以下の企業にも多いM&A

M&Aについて考える前に、まずは日本の近未来を俯瞰してみましょう。皆さんご存じの通り、超少子高齢社会を迎えたわが国では、人口がどんどん減っています。特に生産年齢人口(15~64歳)の減少は著しく、1995年時点で約8726万人だったところ、2065年には約4529万人にまで減ると推計されています。こうした背景を踏まえれば、あらゆる市場が縮小していき、業界再編が進むことは必然だと分かるでしょう。企業数の観点でも、2015年には約403万社あったところ、2025年には約320万社にまで減ると考えられています。

また、経営者の高齢化も懸念材料です。中小企業の経営者の年齢分布をみると、全体のうち最も高い割合だった年齢は、47歳(1995年)から69歳(2018年)に上がりました。そこで課題になってくるのが後継者問題です。後継者の不在率は全国で65.1%と高く、かなり深刻な状況を呈しています。そのため、業績が好調であるにもかかわらず休廃業や解散に追い込まれる企業が多く、廃業企業のうち6割以上が黒字というデータもあります。後継者を探そうとしても、子どもがいなかったり、別の業界ですでに活躍していたりといった事情で難しいケースは少なくありません。また、企業のナンバー2に会社を継がせたいと考えても、現在の経営者と年齢が近すぎて事業承継のメリットが得られづらかったり、良い企業ほど株価が高く、株式の買取資金の確保や借入金の個人保証負担などにより難しかったりすることもあります。

業界再編という時代の流れ、そして後継者問題に悩まされる経営者の増加などを受けて、注目を集めているのがM&Aです。ここ数年、日本でのM&A件数は増加傾向にあり、2019年には4000件を突破しました。特に多いのがIN-IN案件(日本企業同士のM&A)で、コロナ禍最中の2020年も堅調に推移しました。

「業界再編の流れや深刻な後継者問題を背景に、国内のM&A件数は増えています」と話す渡部さん

M&Aというと大企業の事例がイメージされがちですが、当社が支援する企業をみると、全体の約9割が売上高20億円以下、全体の5割以上が従業員20人以下です。つまり、M&Aは、経営者の皆さんにとって想像以上に身近な存在なのです。なお、M&Aの具体的な手法としては株式譲受(株式譲渡)、新株引受、株式交換、事業譲渡、合併、会社分割などさまざまな種類がありますが、中堅・中小企業のM&Aの多くが株式譲渡です。

若いうちにM&Aを実現することのメリット

事業承継を目的にしたM&Aと聞くと、経営を退く直前に着手するような印象を受けるかもしれませんが、近ごろでは経営者が50歳代くらいの早めのタイミングでM&Aを実現するケースが少なくありません。その理由の一つは、時間をかけて着実に引き継ぎを行うため。M&Aは「売って終わり」ではなく、買い手である譲受企業のメンバーと協業する期間を設けるなどして、譲渡企業の理念や知見、技術などを継承することが大切だからです。もう一つは、経営者として「最後の挑戦」をするため。M&Aにより経営資源が潤沢になったり、ブランド力が上がったりすることを生かせば、より自由度の高い環境でビジネスを展開するチャンスになります。

意外に思われるかもしれませんが、20~30歳代という若年層の経営者たちが、あえてM&Aを選択するケースも増えています。若くして起業した経営者の中には、優れたサービスを生み出すことには長けているものの、組織づくりや運営という面で困難を抱える方も少なくありません。例えば、ゲーム会社を興してサービスを大ヒットさせることと、そうしたサービスを継続的に生み出せる仕組みをつくるということとは、まったく違った能力が求められます。自身が会社を所有することに過度な執着をせず、地域社会や従業員にとってより良い選択をしたいと考える経営者は、M&Aで自社を成長させる道を選ぶこともあるわけです。

事業承継の方法を検討するにあたっては、経営者が自社や業界の特性をしっかりと理解していることが大前提です。以前、希少な野菜を仕入れて高級店に卸している企業の事業承継に関わったことがあります。当初、後継者として名前が挙がっていた創業者の息子さんは、世界的に有名なコンサルティング会社で働く優秀な方でした。しかし、そのお母様は「従業員のためになると思うなら喜んで継いでほしいけれど、自分のためというなら継がないで」と息子さんにお話しされました。結果的に息子さんは家業を継がず、M&Aで譲渡することに落ち着きました。この会社で仕事をするなら、早朝に起きて市場へ行ったり、料理人に野菜の使い方をアドバイスしたりすることも多かったり、息子さんが大企業のサラリーマンとして培ってきたものとはまったく違う能力が必要でした。「わが子だから」「優秀だから」と盲目的にならず、本当に会社のためになる冷静な判断ができた好例だと思います。

M&A、事業承継について話す渡部恒郎さん

時間をかけて着実に引き継ぎを行うため、50代でM&Aを行うケースも少なくないという

M&Aのイメージはポジティブなものに変わっている

これまで当社が関わった例では、私たちがアドバイザーとして支援を始めてから、およそ1年でM&Aを完了する企業が多いです。一連のプロセスでポイントになるのは、自社の従業員への説明でしょう。多くの従業員は大きな変化を嫌うので、中途半端なタイミングでM&Aの可能性を伝えてしまうと、反対の声が挙がりがちです。そのため、譲受企業との交渉が妥結し、M&Aの時期や内容が確定した段階で、従業員向けの説明会を開くことが基本になります。よくあるのが、ホテルの宴会場などを借りて両社の経営者が今後についてビジョンを述べ、その後に従業員と会食するというパターンです。

こうした説明会を適切なタイミングで実施し、前向きな伝え方をすれば、従業員が一気に退職するといった事態はほとんど起こりません。私の感覚でいえば、むしろ定着率が改善することのほうが多いくらいです。例えば、地方の薬局が全国展開する薬局チェーンに買収される場合、被買収側の従業員からすれば勤務可能な地域が大幅に増えることになります。すると、夫の転勤で退職せざるを得なかった女性従業員が、辞めずに働き続けられる道も生まれます。また、店舗で働く以外にも、本部機能やエリアマネージャーといったキャリアの選択肢も増加します。逆に言えば、このように従業員にとってのメリットを増やせるような譲受企業と組むことが、良いM&Aの必須条件ともいえます

それでは、事業承継のためのM&Aは、いつごろから考え始めればいいのでしょうか。極端に聞こえるかもしれませんが、「起業したときから、常に」視野に入れておくのが理想的だと思います。つまり、経営者の年齢にかかわらず、より良い会社のあり方を模索する上で念頭に置いておくべき選択肢だというわけです。

また、当然のことですが、譲受企業が最も欲しいのは「伸びている会社」です。企業を譲渡できる可能性が高いのは、あくまでも事業が良好なときですから、事態が悪化してから動くのでは遅すぎます。その意味でも、経営者は自社の企業価値に敏感になるべきです。売上や利益、ROI(投資利益率)などはもちろん、近年ではSDGs(持続可能な開発目標)も重要な指標とされます。自社の価値を構成する要素を分析し、より社会貢献できる会社へと力を付けていくことが、本質的な意味でのM&Aの下準備だといえます。

10年くらい前までは、会社を売却することにはマイナスのイメージが付きまといがちでした。しかし、今ではそうした雰囲気も大きく変わり、従業員や地域の方からもプラスの反応を得られるケースが増え、M&Aにより地元で「伝説の経営者」として名を残すことさえあります。特に地方では、M&Aで得られたキャッシュを地域に落とす、サービスや雇用を継続できるといった地域社会へのメリットは計り知れません。誰が会社を所有しているかにこだわるよりも、優れた会社やサービスを地域に残していくことのほうが、圧倒的に意義が大きいのではないでしょうか。これからの経営者にとってM&Aは力強い味方であり、大切な経営戦略の一つなのです。

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