小型の人物モデルを机に並べた、舘野 泰一立教大学経営学部准教授(学際情報学博士)

新たな視点を与えてイノベーションを起こす「越境学習」の魅力とは?

近年、人材育成の手法の一つとして「越境学習」が注目されています。所属する組織の枠を越え、日常と異なる場に身を置いて学ぶことは、個人や企業にどんなメリットをもたらすのでしょうか。立教大学で越境学習やリーダーシップ開発を研究する、舘野泰一先生にお話を伺いました。

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)
撮影/角田 大樹(株式会社BrightEN photo)
編集/ステップ編集部

舘野泰一さんプロフィール写真

舘野 泰一(たての・よしかず)
立教大学経営学部 准教授/博士(学際情報学)/ビジネスリーダーシッププログラム 主査
1983年生まれ。青山学院大学文学部教育学科卒業。東京大学大学院学際情報学府博士課程単位取得退学後、東京大学大学総合教育研究センター特任研究員を経て現職。大学と企業を架橋する人材の育成に関する研究を手がけている。主要な研究テーマは「越境学習」「リーダーシップ開発」「ワークショップ」「トランジション調査」など。

「いつもの環境」では気付けないことがある

「越境学習」を、シンプルに言うならば、ある境界を越えることを通した学びについて指す言葉です。自身が所属している組織(企業など)とは別の環境に身を投じ、そこで普段とは違う経験をして戻ってくることをイメージすると分かりやすいでしょう。2000年代前半ごろから注目され始めたキーワードで、いわゆる社外勉強会や教育機関とのコラボレーション、他の地域や企業での就業体験など、現在ではバリエーションも広がってきました。

あえて越境することで得られる最大のメリットは、自身にとっての「当たり前」を問い直すことができる点にあります。例えば、友人の家に遊びに行ったとき、その家庭内の習慣が自身の家庭とはまったく違って驚いた経験が多くの人にあると思います。自身の家庭では当たり前すぎて意識していなかったことが、他者との交流や比較により浮き彫りになったわけです。いつもの環境に閉じこもっていると、こうしたことに気付くのはかなり難しいでしょう。

舘野泰一さんプロフィール写真

「越境することで得られる最大のメリットは、自分の『当たり前』を問い直せるところ」と話す立教大学経営学部准教授の舘野泰一さん

だからこそ、社内で新しいアイデアを出したい、前例にないアプローチに挑戦したいというとき、越境学習は大きなメリットをもたらします。組織や個人の中で凝り固まった常識に揺さぶりをかけ、新たな視点を与えてくれる越境学習は、イノベーションの火を点ける絶好のチャンスとなるでしょう。

また、個人のキャリア形成に関しても越境学習の有効性が認められています。自身が現在の仕事を選んだ理由や価値観、業務の進め方などを俯瞰することで、大きな成長が促されるのです。

越境学習による恩恵を受けやすいのは、ある程度以上、現在の環境に適応している人だと考えられます。例えば、新入社員であれば、そもそもその企業に入ったこと自体が越境のようなもの。まずは、その場に適応していくことが最優先事項となるでしょう。一方、すでに職場に慣れて思考や手法が固定化してきた社員にとって、越境学習はとても効果的です。特にリーダークラスの多くは、その組織のやり方を順当に吸収してきた人材ですが、ある意味で「過剰適応」を起こしているともいえます。慣れてしまうとラッシュ時の満員電車に疑問を抱かなくなるように、組織内の課題にも気付けなくなるもの。組織のルールに染まっている人ほど、越境学習が与える影響は大きくなるといえるでしょう。

「似ているけれど、よく見ると違う」場所へ

「企業間留学」のようなかたちで越境学習をするときは、送り出す側にいくつかの工夫が求められます。まずは、本人に適切なメッセージを送ること。越境学習では、「新しい企画を生み出したい」「キャリアを振り返りたい」など明確な目的を持っている人のほうが成長できる度合いが高いという研究結果があります。何となく送り出すのではなく、本人が目的意識を持てるような働きかけをすることが重要です。

具体的にどんな企業とマッチングするのがいいのかはケースバイケースで、越境する境界線をどこに引くか(業界や職種など)も考え方次第です。ただ、まったく共通項がなかったり、逆に類似点が多すぎたりすると、「当たり前」を問い直すことが難しくなるかもしれません。最もインパクトを感じやすいのは、「似ている部分もあるが、よく見ると違う」くらいの距離感にある企業ではないでしょうか。

また、越境先から戻ってきた後の配慮も欠かせません。「海外留学から帰ってきた知人から、海外の話ばかりをたくさん聞かされて少しうんざりしてしまった」という経験をした人もいるのではないでしょうか。「異文化」が持ち帰られたとき、組織内で反発が起こることは往々にしてあります。だからといって、軋轢が生まれないことにばかり気を回していると、せっかくの学びを無駄にしてしまいかねません。事前に越境学習の意義を組織全体に伝えておき、新しい考え方を受け入れやすい土壌を整えておきましょう。学びを共有できる場を設定したり、クッション的な役割を担う人がアシストしたりすることも有効です。


越境学習を組織に活かす方法について話す舘野泰一さん

越境学習から戻ってきた人の学びを共有する場を設けるなど環境づくりも重要だという

一方で、越境学習者を受け入れる側は、基本的には自社の文化や仕事の進め方などを教える立場ですが、それだけではもったいないです。「新しく来た人が自社の何に違和感を覚えるのか」をしっかりと傾聴できれば、メリットを与えるだけでなく受け取ることもできるからです。例えば、「こうした会議のやり方もあるのですね」といった発言があれば、「あなたの会社ではどうしているのですか?」と質問し、お互いに良い面を学び合うイメージです。こうした素朴な疑問は新入社員から得られるケースもありますが、社会人として一定のスキルや経験がある人からは一味違った気付きが得られるはずです。

「盲点の窓」を最小化し、リーダーシップを発揮しよう

私のもう一つの専門であるリーダーシップ開発も、越境学習と関連する部分が多いです。そもそもリーダーシップとは、「職場やチームの目的を達成するために他のメンバーに及ぼす影響力」と定義されます。この力を発揮する基盤になるのが、実は「自己理解」。おのれをよく知り、その特性を踏まえた言動を心がけることが、組織により良い影響をもたらします。

ここで理解しておきたいのが、「ジョハリの窓」という考え方です。これは、自身の特性について「自分は気付いている/気付いていない」「他人は気付いている/気付いていない」という視点で4つに区分するフレームワークです(図)。

図:ジョハリの窓

最も注目すべきなのは、自分は気付いていないが他人は気付いている「盲点の窓」と呼ばれる領域。自身のことをできるだけ客観的にとらえ、この「盲点の窓」を小さくしていくことが、リーダーシップを発揮するための重要な条件となります。自身を把握することに加え、他者からどう認識されているかも十分に理解している状態――と言い換えることもできるでしょう。別の組織で新たな視点からフィードバックを受けたり、自身が大切にしたい価値観を再認識したりすることは、より深い自己理解につながるので、リーダーシップ開発の観点からも越境学習は意義深いものだといえます。

近年では、組織のメンバー全員がリーダーシップを発揮する「シェアド・リーダーシップ」の重要性が叫ばれています。新型コロナウイルス感染症の影響で、予期せぬ混乱に見舞われた組織は多いでしょう。社会の基盤が大きく揺らぐ時代に求められるのは、未知の事態にも柔軟に対応できる能力。それを発揮するためには、たった1人のリーダーが全体を牽引しているよりも、リーダーシップが分散している環境のほうが有利です。つまり、管理職やその候補者だけでなく、組織の誰もがリーダーシップを習得していくことが、これからの組織づくりには欠かせないのです。それを実現するためにも、越境学習は有効な手段の一つだといえるでしょう。

【コラム】レゴ人形で組織を「見える化」する授業

舘野先生が主催するゼミでは、学生一人ひとりをレゴ人形に見立て、組織内での役割について考える授業を行っています。まずはコアメンバーで全員の立ち位置を検討し、「チームの盛り上げ役」「企画の発案が得意」「人を采配するブレーン」「コツコツ作業を進める職人」といった特性ごとに分けられたエリアにレゴ人形を配置。次に、その他の学生一人ひとりに自身がどのエリアの人形に該当する(と判断された)かを考えてもらってから、結果を発表して答え合わせします。自身の評価と他者からの評価の差を学び、チームの現状を「見える化」することが、その後のグループワークなどにも生きてくるそうです。

舘野先生のゼミで、組織内での役割を考える際に使っているレゴブロック

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