本社の窓際に立つレオス・キャピタルワークス株式会社 株式戦略部 シニア・ファンドマネージャー

ESG投資と健康経営、見えない資産が企業価値になる時代 レオス・キャピタルワークス 八尾尚志さん解説

「健康経営」「ESG投資/活動」といったキーワードが注目される中、ここに関心を寄せる経営者は続々と増えています。しかし、一般的な福利厚生や社会貢献活動との違いが分かりづらいことから、どのように企業の利益に結び付くのかイメージできない方も多いのではないでしょうか。2021年5月に運用資産残高が1兆円を超えたレオス・キャピタルワークス株式会社でシニア・ファンドマネージャーとして活躍し、ESG投資にも精通する八尾尚志さんに、詳しい解説をお願いしました。

取材・文/中澤 仁美(ナレッジリング)
撮影/山本未紗子(株式会社BrightEN photo)
編集/ステップ編集部

眼鏡をかけ笑顔で親指を立てるミドルエイジの男性、レオスの八尾さん

八尾 尚志(やつお・ひさし)
レオス・キャピタルワークス株式会社 株式戦略部 シニア・ファンドマネージャー
1990年、和光証券(現・みずほ証券)入社。三菱証券(現・三菱UFJモルガン・スタンレー証券)を経て、2004年、オプティマル・ファンド・マネジメント入社。同社でインベストメント・アナリストとして活躍し、約7年半にわたり年間400~500社の取材を行った。2013年レオス・キャピタルワークス入社、2021年より現職。

ESGとSDGsの違い~長期的な企業価値の向上

企業の社会的責任が重視されるようになったのは、最近のにわかなトレンドではありません。例えば、南アフリカのアパルトヘイト(人種隔離政策)に加担した企業への不買運動が起こったり、船舶の座礁による重油流出事故で鳥や海洋生物が真っ黒に汚染された様子が世界に報道されたりしたことは、「社会における企業の責任」を人々が再考するようになった象徴的な出来事だといえます。

2000年代以降、ESG投資※1やSDGs※2が提唱されるようになり、Do the right thing(人として正しいことをする)という機運がグローバルな規模で高まってきました。両者は混同されがちですが、持続可能な世界をめざす取り組みを投資家の視点から見るとESG投資、社会的要請の視点から見るとSDGsと表現される――と考えると分かりやすいでしょう。

図:ESGとSDGsは視点が異なるが目指すものは同じ

図:ESGとSDGsは視点が異なるが目指すものは同じ(レオス・キャピタルワークス作成)

「健康経営」も、こうした流れの中で生まれた概念だといえます。経済産業省のウェブサイトでは、健康経営とは「従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践すること」と定義され、「企業理念に基づき、従業員等への健康投資を行うことは、従業員の活力向上や生産性の向上等の組織の活性化をもたらし、結果的に業績向上や株価向上につながると期待されます」と説明されています。ここで見逃せないのが、業績や株価という実際的な企業価値の向上に触れていること。企業価値評価のフレームワークに当たるESG投資とは、類似性のある概念だといえるでしょう。

従来、企業の社会貢献というと、コスト先行のマイナスイメージを抱く方が少なくありませんでした。しかし、「とにかく目先の利益を優先する」という焼畑農業的な発想では、数年後には事業そのものの継続が危うくなるかもしれません。短期的にはコストがかかる取り組みも、長期的には企業価値の向上につながることが論文などで証明され始めています。健康経営も同じで、従業員が健康でハッピーに働けるようにすることで、投下したコストを上回る利益を得られるというのが正しい考え方なのです。人材を単純にコスト扱いしている経営者は、すでに時代に乗り遅れているといっても過言ではありません。

※1 ESG:企業の持続的成長のために重要な観点として、環境(environment)、社会(social)、ガバナンス(governance)の頭文字からつくられた造語。国連が2006年に発表した「責任投資原則」の中で紹介された。

※2 SDGs:2015年9月の国連サミットで採択された、持続可能な開発目標(sustainable development goals)。

ESGとSDGsの違いを説明する八尾尚志シニア・ファンドマネージャー

ESGとSDGsの違いを説明する八尾尚志シニア・ファンドマネージャー

健康経営やESG活動は事業リスクを抑える

それでは、健康経営やESG活動がどのように企業価値を向上させるのか、もう少し詳しく見ていきましょう。以下の計算式は、企業価値を評価するための最もシンプルかつベーシックな考え方です。

企業価値 事業から得る収益が生み出すフリーキャッシュフロー(FCF)
資本コスト

図:健康経営が産むものは?目的は?

図:健康経営が産むものは?目的は?(レオス・キャピタルワークス作成)

資本コストとは、簡単に言えば収益を生み出すために使ったコストのことで、さまざまな事業リスクが含まれます。健康経営やESG活動は、この事業リスクを小さくすることで、資本コストの引き下げを図ることだともいえます。例えば、環境(ESGのE)を改善するための取り組みを行うと一時的にコストが発生しますが、やらなければ将来的な事業リスクは大きくなる一方です。数年後に環境汚染の責任を問われ損害賠償責任が発生する、輸入拒否・不買運動などブランドイメージが下がって社会的制裁を受ける、顧客や従業員が次々と離れていく……。こう考えていくと、計算式の分子(FCF)だけに着目するのではなく、分母(資本コスト)の最小化にも注力することの重要性が分かるでしょう。単にサービスや商品が売れればいいというのではなく、その背景にある構造の健全性まで求められる時代になったということです。

健康経営についても同じことです。いわゆるブラック企業でみられるような、従業員の心身を追い詰めるようなやり方が倫理的に許されないのは当然のことですが、お金をかけて採用・教育した人材が次々と辞めていくような企業は資本コストが高く、経営的な側面からも大損をしているといえます。長く気持ち良く働いてもらえるような職場にすることで一人ひとりの生産性や収益性を上げる方が、メリットが大きいことは自明なのです。生産年齢人口が激減して「売り手市場」の傾向が強まっていくこれからの日本で、「人々が働く舞台」として選ばれる企業であり続けるためにも、健康経営はさらに存在感を増していくことでしょう。

窓際でPCを開いて解説する八尾さん。健康経営とESG活動は、企業の事業リスクを下げるとのこと

健康経営とESG活動は、企業の事業リスクを下げ、求職者のイメージを上げる

コロナ禍以降の健康経営施策の「答え合わせ」をすべき時期

健康経営における最大のポイントは、従業員のエンゲージメント(組織への信頼感や愛着心)をいかに高めるかということ。欧州最大級のソフトウェア会社SAPは、役員の評価体系の中に「従業員エンゲージメント」という項目を含めるほど重視しています。いわゆる福利厚生の整備は大前提で、その上で従業員がやる気や主体性を持って働けるような施策を打つことが大切です。その具体的な施策は企業のカラーによってさまざまで、例えば有給休暇を増やすことと、昇進の機会を増やすことのどちらが効果的かは、ケースにより異なります。従業員の思いや特性を正しく評価すると同時に、できるだけ多様な価値観を内包できるようにすることが、企業としての競争力にもつながるはずです。

中でも、昨今の事情に鑑みると「勤務形態の柔軟性」が多くの業界に共通して重要なテーマであることは間違いないでしょう。採用市場を見ても、出社とリモート勤務を選べる自由度の高い職場が選ばれやすい傾向があります。そうした環境を実現するためには、オンラインで可能なことは極力オンラインに移行していくことに加え、属人的な仕事の進め方から抜け出さなくてはなりません。「担当の〇〇さんがいないと何も進められない」ではなく、本当の意味で組織立った業務運営が必須になってきます。

図:企業価値は「財務価値」(見える資産)と「非財務価値」(見えない資産)の2つで構成される

図:企業価値は財務価値と非財務価値の2つで構成される(レオス・キャピタルワークス作成)

企業価値を「財務価値」(見える資産)「非財務価値」(見えない資産)に分けると、人的資産は後者に該当します。非財務価値は直接的に利益を生むようには見えにくいですが、実は長期的に企業価値を向上させる重要な要素です。稼ぎ続けられる組織であるためには他社排他性が求められますが、「いいモノ」はすぐに模倣されてしまうのに対して、「いいモノを生み出すヒト」は容易に模倣できません。長い目で見たとき、企業として最も投資のリターンが大きいのは、結局は人材なのです。

新型コロナウイルス感染症の拡大で、これまでの「常識」は完全に一変しました。価値観が大きく揺らぐ時代になったことを経営者が肌で感じていなければ、マーケットの変化にも取り残されてしまうという危機感を持つべきです。今後の事業の継続性を考える上で、感染症対策は間違いなくトッププライオリティーの一つになり、従業員の安心・安全が焦点になる流れはどんどん強まっていくでしょう。今はまさに、コロナ禍に突入して以降の施策に対する「答え合わせ」の時期。それぞれが仮説を持って動いた結果、何がどうなったのかを検証することで、これから推進すべき取り組みが浮き彫りになってくるはずです。

【コラム】「ひふみ投信」の由来に隠された秘密とは?

レオス・キャピタルワークスの原点ともいえる投資信託ブランド「ひふみ投信」には、「火風水土心」という由来があるのだとか。音読すると、「ひ・ふ・み・とう・しん」に近い音になります。「火」は勢いある成長企業、「風」はトレンドやテーマ性のある企業、「水」はディフェンシブな割安株、「土」は地味ながら地道な地方の中小型株を意味し、多様な特性や価値観を持った企業のポートフォリオであることを表現。これらの土台になるのが「心」で、公明正大に事業を行っている会社か見極めるという銘柄選択の根本思想を指しています。ここにはESGやSDGsの概念もしっかりと含まれており、社会貢献への意識も大切にする「ひふみ投信」の姿勢が表れているといえるでしょう。

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