今こそ将来を見据えた「人的資本経営」の本格化を!―「健康経営会議2022」開催レポート―

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2022年11月10日、「健康経営会議2022」(主催:健康経営会議実行委員、共催:NPO法人健康経営研究会)がオンライン開催されました。健康経営会議設立10周年のタイミングで行われた本イベントのテーマは「未来を築く、健康経営――人を資本とする、これからの日本の未来に向けて」。ここでは、3人の有識者による講演と、それに続くパネルディスカッションの概要をお届けします。

取材・文/神坂礼子(ナレッジリング)
取材・編集/ステップ編集部

産官学が結集して健康経営を盛り上げる

健康経営会議は、健康経営に取り組む企業などの団体、それを支援する諸団体、大学関係者が集い、健康経営に関する啓発や応援を行い、ひいては国が進める「健康寿命の延伸」に貢献するため、2013年に立ち上げられました。日本では健康経営は黎明期にあるため、より多くの団体が健康経営に取り組むために有用と思われる情報(指標や考え方、先駆的な取り組みなど)がなかなか共有されてこなかった現状があります。健康経営会議は、そうした情報共有を行う場としても機能してきました。

その記念すべき設立10周年を祝う「健康経営会議2022」は、980人を超える参加申し込みがあり、盛況となりました。講演に先立って、斎藤敏一氏(健康経営会議実行委員会 委員長)が開会のあいさつを述べました。

開会のあいさつをする健康経営会議実行委員会委員長の斎藤敏一氏

「日本の健康寿命の延伸をめざす上で、政府、企業、学識経験者がバラバラに取り組んではならないとの考えから、企業が中心となって産官学が集い、新たな価値の創造に取り組んでいます。設立から10年、幸いにも経営者の皆様のご賛同を得て、多くの企業が健康経営を経営戦略として実践するようになりました。また、日本の健康政策を担う各省庁の責任者のご助力を得て、最新の健康政策の動向などをお話しいただけるようになりました。健康経営会議が日本の健康経営の成長の一端を担っていることを、大変誇らしく、うれしく思っております。そして、これまで支えていただいたすべての皆様に心から感謝申し上げます」

それでは、講演とパネルディスカッションの内容を、ダイジェストで紹介します。

講演(1)「健康経営は人的資本経営の根幹」伊藤邦雄氏(一橋大学CFO教育研究センター長)

2019年、経済産業省が「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を組織することになり、私が座長を拝命しました。せっかくの機会なので「パンドラの箱を開けよう!」と線引きせずに議論し、その成果をまとめた「人材版伊藤レポート」(2020年9月)を公表。2022年5月にはバージョンアップした「人材版伊藤レポート2.0」を公表しました。

その中で、人材のとらえ方を抜本的に変える必要があると考え、「人的資本」という言葉を用いるようにしました。なぜ「人的資源」でなく「人的資本」なのかというと、「人的資源」ととらえると、人をコストと見て効率発想に陥ります。しかし、人は適切な環境を提供すれば価値が伸び、放置すれば縮む。価値が伸び縮みするのが人材であり、これは資本そのものだという考え方から「人的資本」と呼んだわけです。企業は、その人の価値や潜在力を伸ばすための触媒になる必要があります。現在および将来の経営戦略に人材がどう寄与できるのか。将来のビジネスモデルに対する構想力で、人的資本の価値も決まってくるのだろうと思います。

「将来のビジネスモデルに対する構想力で、人的資本の価値も決まってくる」と話す一橋大CFO教育研究センター長の伊藤邦雄氏

私は、今こそ日本は人的資本経営を本格化させる時期に来ていると捉えています。「人材版伊藤レポート」の公表後、コーポレートガバナンス・コードが改訂され、「取締役会のメンバーそれぞれのスキルマトリクスの作成・開示」が謳われ、「人的資本への投資と開示」についても強調されるに至りました。人的資本の価値創造を通して企業価値の持続的成長を図ることが重要です。そのためには、人の問題は人事部だけが扱うのではなく、経営陣、経営会議、取締役で大いに議論してほしい。そして、企業と個人が互いに選び、選ばれる関係を目指していきたいものです。

人的資本情報の開示は、今や世界的なうねりになっています。2018年12月に発表されたISO30414「社内外に対する人的資本の情報開示のガイドライン」では、11領域49項目にわたり、人的資本の情報開示規格を定めています。米国証券取引委員会(SEC)も人材投資の情報開示を義務付ける方向で進めています。日本においても人的資本経営のレベルを高め、その結果を開示・共有していく。そうしたフィードバック効果を導出・創造できるような人的資本経営を、皆さんと共に進めていきたいと思います。

講演(2)「政府がすすめる健康経営の推進について」茂木正氏(経済産業省 商務・サービス審議官)

健康経営を進めていく上で重要なのは、従業員を人的資本と捉えて施策を打つことです。例えば、従業員各自のパーソナルヘルスレコード(健康診断の結果、病院にかかった履歴など)の活用が一般的になれば、もちろん取り扱いには注意が必要ですが、よりよい環境づくりに資するまたとないデータとなるはずです。

「今や健康経営は国の方針として位置づけられている」と語る経済産業省商務・サービス審議官の茂木正氏

健康経営会議の設立から10年が経過し、2021年度の日経平均株価を構成する225社の72%が「健康経営優良法人」に認定されるなど健康経営に関する企業の取り組みが進み、機関投資家を含めてマーケットでも注目されるようになりました。近年、企業成長のためにはESG、すなわち環境(environment)、社会(social)、ガバナンス(governance) の3つの視点が必要と盛んに言われていますが、このESGが企業方針に採用されていない企業は資金調達できない時代になりつつあります。

今や健康経営は国の方針として大きく位置付けられ、岸田内閣も健康投資が新しい資本主義の中で重要な要素である旨を繰り返し述べています。健康経営を実践することで、労働生産性の向上、組織の活性化、企業業績の伸長も期待されます。労働市場にも変化が見られ、ハローワークでは求人企業が「健康経営優良法人」に該当するかどうか確認できるようになっています。また、健康経営は自社での取り組みにとどまらず、サプライチェーンや協力企業と一緒に取り組む動きが進んでいます。こうした動きにインセンティブを設けるケースも増え、自治体が健康経営の顕彰制度を採用したり、補助金の申請要件や加点要素にしたりといったことも実際にあります。

健康経営の今後については、健康経営のさらなる普及という視点、クオリティー向上という視点、新たなマーケット創出という視点を意識する必要があります。普及に関しては、「健康経営銘柄」「健康経営優良法人」といった仕組みが根付いてきて、企業の皆様に積極的に取り組んでいただけるようになりました。2022年からは日本経済新聞社に制度運営を担っていただくことで、さまざまなツールを活用しながら健康経営の広報・活用を進めていけるようにもなりました。今後、健康経営に関するビジネス展開にも前向きな影響が出てくると予想しています。国、産業界、アカデミアのアイデア、そして医学界の協力も得ながら、この健康経営という取り組みがますます発展することを願っています。

講演(3)「働く人の健康―健康経営の視点~働く人の健康が社会を発展させる~」岡田邦夫氏(NPO法人健康経営研究会 理事長/健康経営会議実行委員会 副委員長)

2022年9月の米国ギャラップ社の調査によると、米国の労働者の約半数が「クワイエット・クィッティング」(静かな離職)、つまり「最低限の仕事をして、それ以上頑張らない」状態に陥っていることが明らかとなり、極めて危機的と指摘されています。日本でも同様の状況にあると判断せざるを得ないエビデンスがたくさん出ています。日本の従業員の多くがパワハラやセクハラを受けても何もしないという調査結果もあります。「何をしても解決にならないと思ったから」「何となく諦め感がある」というわけです。この諦め感が、心理的に大きな影響を及ぼし、仕事に対する意欲を削ぎ落としています。背景には企業への信頼感低下があり、エンゲージメントにもつながってくると思われます。

「安心安全な職場の源泉は働きがいと企業の成長」と呼びかけるNPO法人健康経営研究会 理事長の岡田邦夫氏

さらに、半数以上の従業員が「ストレスを感じる」「仕事が多い」「失敗が恐ろしい」と回答した調査結果もあります。これに伴い、精神障害の労災請求件数は年々増加傾向にあります。COVID-19のパンデミックだけでなく、まさしくメンタル不調の「パンデミック」が起こってきているわけです。こうした状況が続けば、日本の企業の労働生産性は右肩下がりになるでしょう。

私たちは健康経営について、経営者が従業員の健康ベースとしてエンゲージメントを高めていくことが極めて重要で、経営戦略として打ち出していかなければならないと考えてきました。人を資本として、企業を成長させていかなければならないのです。しかし、日本は人的資源を磨き損ねてきたのではないかと感じています。

若い方々は、自分が成長しないと感じたら、その企業を直ちに去ってしまいます。経営者は管理監督者に自分を超える経営者になってもらうため人に投資し、管理監督者は自分の部下が自分を超える存在となるよう育てていくミッションがあります。しかし、増え続ける労災請求件数からみると、管理者と労働者の間には極めて大きな溝があるようです。それを埋めるためには、経営者と管理監督者の溝も埋めていかなければなりません。

安心安全な職場の源泉は働きがいと企業の成長であり、それが社会の発展を促すことは明らかでしょう。法令遵守、安全配慮義務、社会的責任は大きなミッションですが、それだけではまだ十分ではありません。これからは社会の発展という視点も含めて健康経営を営み、企業の社会的責任をさらに上乗せしていくことが重要なのです。

パネルディスカッション

【パネリスト】
伊藤邦雄氏、茂木正氏、岡田邦夫氏

【モデレーター】
樋口毅氏(健康経営会議実行委員会 事務局長/株式会社ルネサンス 健康経営企画部長)

樋口氏:前半のご講演の内容を踏まえて、今なぜ「人的資本投資」が必要なのか、その背景についてお話しいただきたいと思います。

伊藤氏:毎年、国際比較調査による各国の従業員のエンゲージメントが発表されますが、日本は下位にランクしており、近年は特に順位を下げています。経営者が「人が大事」と言ってきたのは何だったのだろうと思うわけです。人材を「資源」と捉えれば「効率的に使い倒す」発想となり、「資本」と捉えれば、その価値を伸ばすような施策、企業風土をつくろうというかたちに変わります。それにより、企業内に心理的安全性が生まれ、従業員の心身の健康によい影響を与えることにつながります。日本には「称賛の文化」が足りないと私は感じています。上司から足りないところばかり指摘されたらつらいですが、学習して資格を取ったことが賞賛されたら「もっと頑張ろう」という気になるでしょう。この目に見えない企業風土、文化といったものを変えていくことで、従業員の健康度を高めることにつながると考えます。

茂木氏:生産年齢人口が減少一途の日本では、優れた人を高いロイヤリティーで所属させ、「新しいものを生み出していこう」という意欲を持たせることが企業成長にとって必要不可欠になっています。健康経営の視点でいえば、「この会社で働けば、充実した人生を送ることができ、自己実現できる」ということをしっかりと見せていかなければなりません。健康経営というアプローチは、新しい企業経営のあり方として極めて合理的だと言えます。

岡田氏:日本では、人に対する投資額が極めて少ないと感じます。「マネジメントを学びたい」「リーダーシップを学びたい」「ITリテラシーを高めたい」という人がいても、それを叶えられていないところに不全感があります。人材育成は極めて重要な投資であり、部下が「管理職は素晴らしい」と思わない限りはミドル層が空洞化します。「管理職研修なんか受けたくない」「平社員のままでいい」といった夢のないことになってしまいます。輝ける人材を企業が育てていかないと労働生産性もエンゲージメントも高まりませんし、経営者が優秀な管理職を育てることも、管理職が優秀な部下を育てることもできないという負の連鎖になります。実際、労働生産性も落ちていて、日本は1時間当たり40ドル台。米国の70~80ドルに比べて極めて低い労働生産性です。これを上げていくためには、人をいかに成長させるかに経営者が目を向け、新入社員以上に管理職にも投資していかなければならないでしょう。

樋口氏:次に、企業が人的資本経営に取り組む際、何を考える必要があるのか。また、働く人自身が人的資本という考え方をどう捉え、どう行動を起こしていく必要があるのかについてお聞かせください。

伊藤氏:第一に、従業員一人ひとりが自身のキャリアを自律的につくっていく意識を持つこと。また、企業側としては、そのキャリア形成をサポートする環境づくりをすることが大切です。第二に、組織内での対話(特に上司と部下の間での対話)を活発にすること。上司が部下の話を親身に聞いてくれれば気持ちも和らぎ、悩みもだいぶ解消すると思います。そうした意味での対話の文化を、もっと日本の企業に広める必要があるでしょう。

茂木氏:政府として健康経営の枠組みを示したこともあり、一定のムーブメントが起こったことは、この10年間の成果だと思います。健康経営に取り組む企業が増えたことで第2フェーズに移ってきていますが、各社置かれている状況が異なるため、「そうは言っても、うちの会社ではどうやればいいの?」と悩まれていると思います。だからこそ、経営トップが自ら範を示すことが必要です。従業員との対話を通して、具体的な取り組みを探ることも有効でしょう。

岡田氏:伊藤先生が言われた対話についてですが、私たちNPOでは3つのコミュニケーションを重視しています。1つ目は、仕事に関する報連相などのワークコミュニケーション。2つ目は、特に業務に起因することで健康状態に問題が起こっていないか確認するヘルスコミュニケーション。3つ目は、飲食を絡めるなどしたプライベートコミュニケーション。これらを通して、まずは若い人と管理職がコミュニケーションを図ることが、心理的安全性にもつながるでしょう。

樋口氏:今後、働く人の兼業・副業が当たり前になっていくことも予想されています。雇用の流動化については、どう捉えるべきでしょうか。

岡田氏:産業保健的には問題をはらむものの、実際に兼業・副業している方は働きがいを感じていることが多いようです。前向きな転職につながる可能性もあり、「自分にはこういう才能があったのか!」という気付きも得られます。日本では終身雇用制が主流になってきましたが、今はさまざまな仕事を経験しながらライフワークを見出していくような社会の許容性というか、ゆとりも必要と考える人が多いようです。好きな仕事をすれば熱心に取り組んで労働生産性も上がるでしょうし、進んで勉強もするでしょう。そうした人たちをサポートするのが企業ではないかと思います。とはいえ、日本社会ではまだまだハードルが高いのかもしれませんが……。

伊藤氏:終身雇用制が崩れつつある中、ある経営者は「終身成長」という言葉を使い、「だからこそ自発的に学ぼう!」と発破をかけていました。兼業・副業も含めて生涯が勉強だ、成長していこうという気持ちが大事なのでしょう。そうしたときの土壌となるのは多様性(ダイバーシティー)であり、人それぞれの違いを認め合うことが重要です。このことこそ、日本の企業がもう一段、二段と進化するための重要なドライバーになると思います。

樋口氏:最後に、人的資本経営を通して今後どのような社会づくりを実現していくべきか、本日ご参加いただいた皆様へのメッセージをお願いします。

伊藤氏:高速道路には登坂車線があり、重量のあるトラックなどが上り坂でスピードを出せなくても、各自のペースで走ることができます。これになぞらえて「登坂車線型多様性」という言葉があるように、違いを認め合う社会にしたいと考えています。そして、一人ひとりが進みたい道を選べるようになったら、ポジティブマインドにあふれた企業や社会になるのではないでしょうか。

茂木氏:日本の企業や社会は「健康は個人の問題」と捉えてきました。しかし、企業が一歩前に出ることで、そこで働く人たちが健康になれば、結果的に企業成長につながります。これを広めていくのが次のフェーズです。

岡田氏:「あうんの呼吸」がなくなり、「大器晩成」を望まなくなり、今はすべてが即戦力化、使い捨ての時代。メンタル不調、過重労働に起因する疾患、ハラスメントなどが起こっているのは、皆が急ぎすぎているからでしょう。結局は人間の営みなのですから、人に対する投資が必要です。未来に向けた投資なのですから、もっとじっくりと腰を据えて取り組まなければなりません。企業の成長が幾分鈍化したとしても、少しずつ坂道を上っていくような社会をつくっていく。そのほうが私たちの未来は明るくなるのではないかと思います。

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