
難易度の高い企業のメンタルヘルス対策、改善の一手となる「新たな視点」は?
撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo) |
健康経営の重要性について理解していても、その実践において課題感を抱える企業は少なくありません。とりわけ、メンタルヘルス不調者や高ストレス者は増加傾向にあり、企業としても影響が大きい一方で、対策が難しいとされています。一体、どうすれば「従業員のメンタルヘルス不調」へ的確に対応できるのでしょうか。企業のメンタルヘルス対策に身体の痛みや悩みからアプローチする健康経営サービス「ポケットセラピスト」を展開する、株式会社バックテックの満沢将孝さん(取締役COO)に伺いました。
満沢 将孝(みつざわ・まさたか) |
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健康経営の「好循環」を回す上でのハードル
これからの企業経営において大前提として踏まえなければならないのが、日本の働き手は減少し、しかも高齢化していくという事実です。そこで注目されているのが健康経営ですが、これは単に「企業が従業員の健康をサポートする」ことだけを意味するわけではありません。従業員に長く生き生きと働いてもらうことで企業が持続的に成長し、結果的に従業員に還元できるものが増える――というサイクルを回すことが肝要です。企業視点での「健康」と、従業員視点での「健康」のメリットはつながっていて、循環するような関係性にあるとも表現できるでしょう。しかし、実際に健康経営に取り組んでみると、こうした好循環を回していくことにハードルを感じる企業は少なくありません。
一例を挙げると、出勤はしているものの健康上の問題によってパフォーマンスが発揮できていない状況、つまりプレゼンティーズムによるコスト損失は企業にとっても非常に影響が大きいと言われています。昨今の健康経営において重要な概念として知られていますが、効果的な施策を打つことは非常に難易度が高いと言われています。その原因の1つとして、プレゼンティーズムの有無や程度を計測している企業は多いものの、要因まで分析することが難しく、プレゼンティーズムが発生している原因がわかりづらいためです。こうした課題分析の困難さは、プレゼンティーズムに限らず、健康経営全般において生じやすいと言えます。
また、「健康」という言葉のあいまいさが、混乱をもたらすこともあるようです。例えば、生理痛やPMSなどの女性特有の健康課題や、高齢者ならではの健康課題などに対して施策を打つと、「一部の従業員ばかりケアするのは不平等だ」といった声が出ることもあるようです。これは、企業全体として重要な施策であることが従業員の方に伝わっていなかったり、各施策の位置付けが不明瞭なまま経営施策として推進していることに起因しています。ライフイベントや自然な身体の変化・特性に対するサポートと、不健康な状態を改善するために治療などを要するものは、施策として立ち位置が異なります。それぞれの目的や位置付けを明確にし、従業員の理解を得ながら個別性のある施策を打つことが、健康経営を進める上でのポイントになります。
メンタルヘルス不調は当事者も企業も把握し切れていない
数ある健康課題の中でも、とりわけ対策が難しいのがメンタルヘルス領域です。実は、メンタルヘルス不調には、当事者にとっても自覚症状を正確に捉えることが困難という特性があります。皆さんも、しんどいと感じることはあっても仕事を休もうとまではならず、なんとなく「まだ大丈夫」と頑張ってしまうことはないでしょうか。こうしたメンタルヘルス、心に関する悩みについては、本当に信頼している相手でなければなかなか相談がしづらいため自分で抱え続けてしまう人がとても多いと言われています。実際に、うつ病と診断された方の約7割が、診断前に病院などの受診経験がなかったというデータがあります。つまり、ギリギリまで我慢を重ねて、病名が付く疾患状態になってからようやく病院に足を運ぶ人が多い、というのがこのメンタルヘルス領域です。
メンタルヘルス不調者を早期に発見し対策を打つための施策の1つとして、企業ではストレスチェックが義務付けられていますが(※)、うまく機能していないというお声を各企業様から頂戴することが増えています。ストレスチェックは匿名回答ですし、人事や上司の方に自身の結果は伝わらないものの、どうしても企業という集団の中で「メンタルが弱い人である」と評価されることへの抵抗感から真意とは異なる回答をしてしまったりするため、職場環境や高ストレス者の傾向などをうまく把握できないことが増えています。
※従業員数50人以上の事業所で実施が義務化されており、現在ではそれ以下の規模の事業所でも義務化の方針が検討されている。
また、高ストレス者の方に産業医との面談案内されるのですが、実際に面談を受けたのは対象者全体の2~3%程度とも言われています。企業という枠組みの中ではなかなか本心を出しにくく、「本当に秘密が守られるのだろうか」という心配は従業員視点だと生じやすいものです。いわゆるEAP(外部相談窓口)を導入する企業も増えていますが、思ったように利用率が上がらずに想定していた効果に繋がっていないというお声もよく聞く一方で、ストレスチェックでは何の問題もなかった従業員が、突発的に休職や退職になるケースは珍しくありません。企業においては、「メンタルや心」という単独の切り口だけで効果的な施策を講じることに、一定の限界があると考えています。
メンタルヘルス不調に「身体」からアプローチするワケ
そこで注目したいのが、心と身体の関係です。皆さんは、高ストレス者の多くの方が、身体愁訴を同時に抱えていることをご存じでしょうか。身体愁訴とは特定の病気によらない身体的な不調のことで、疲労感、めまい、不眠などの他、頭痛、肩こり、腰痛などの痛みを伴う症状も少なくありません。ストレスが増大するとドーパミン(やる気や幸福感に関与する神経伝達物質)が不足しやすくなり、脳が痛みを感じやすくなることが影響していると言われています。一方で、慢性的な痛みを抱えている方はメンタルヘルス不調になりやすいという、逆の側面も存在します。つまり、心と身体は表裏一体であり、不調に関しても相互に影響し合っているのです。
そこで大切なのが、メンタル不調に対して、身体の悩みを起点にアプローチするという視点です。これは既に多くのエビデンスがありますが、一定の運動量があるとメンタルヘルスに対して好影響を与えることは明らかになっています。また、「認知行動療法」というアプローチにも着目しており、例えば、痛みに対する嫌悪感や不安感が出てきたとき「もっと痛くなったらどうしよう」とマイナスの思考で安静にしているだけでは、行動パターンが固定化して悪循環を招きやすい状態になってしまいます。しかし、痛みを抑える方法やケアについて正しい知識があれば前向きになれる、つまり認知が変わるので、改善に向けて積極的に行動できるようになるわけです。結果的に痛みが軽減し、メンタルにも好影響を及ぼすことが期待されます。
さらに、メンタルヘルス不調やそれに伴う身体愁訴は、再発率が非常に高いという側面にも着目する必要があります。風邪や骨折のように「完治させる」というよりは、「上手に付き合っていく」という感覚を持って、長期的な視野で対応することが欠かせません。だからこそ重要なのが、自身の身体や心を正しく理解し、自分自身で予防・対策、つまりセルフケアができるようになることです。ある調査では、セルフケアができている方のほうが、そうでない方より就労意欲が高いという結果も出ています。企業としても、取り組む価値が極めて高い領域と言えるのではないでしょうか。
セルフケア定着まで伴走する「ポケットセラピスト」
こうした現状を受けて、当社が開発したのが「ポケットセラピスト」です。このサービスの特徴は、特にメンタルヘルス不調者を中心に様々なお困りごとに対して、身体の痛みや悩みからアプローチし、セルフケアの習慣化まで支援すると同時に、企業内における健康起因のコストやリスクの削減もサポートし続けることです。具体的には、「オンライン面談」を通して従業員の痛みやお悩みを聞き取り、その人に合ったオーダーメイドプログラムを提案。土日祝日を含めた365日、朝6時から夜23時まで予約枠が設けられており、会社を休まずに相談しやすい仕組みになっています。その他、「お悩みポスト」で24時間いつでも気軽にメッセージで相談できたり、e-learning動画を自由に視聴できたりもします。
「オンライン面談」や「お悩みポスト」で相談に応じるのは、当サービスに所属する質の高い医療資格者です。特に多いのが、理学療法士や作業療法士や臨床心理士、公認心理師といった方々となり、資格を保有し、かつ当社の選考を通過した方のみに、セラピストとしてご登録いただいています。理学療法士を中心とした当社のセラピストは「伴走する力」にも優れており、単に痛みなどをなくそうとするのではなく、当事者の状況や目標に合わせて個別的・継続的に関わることが得意です。
こうしたセラピストが、個々の従業員から寄せられた悩みを聞き取り、200種類以上あるセルフケアプログラムの中からその方にあったものをオーダーメイドで作成して、提供します。その後も、実際にセルフケアを実施しての変化などを継続的に確認しながら伴走を続けます。個人差はありますが、おおむね4~5回程度の面談を、3カ月ほどかけて実施することが一般的です。セルフケアのための動画はインターネット以上にも数多く存在しますが、自分の症状に適したものを選ぶことは容易ではありません。誤った選択をすれば、かえって状態が悪化する恐れすらあります。ポケットセラピストでは、例えば腰痛一つとっても、腰のどの部分がどのように痛いのか、体全体の柔軟性がどのくらいあるかといった点を把握しながら、その人に合ったアドバイスが可能。その結果、一時的に症状を緩和するだけでなく、セルフケアが習慣化する状態までの支援が実現できるわけです。
実際にポケットセラピストを導入した企業での実績を見ると、3カ月で約30%の従業員が肩こり改善、約20%の従業員がうつリスク改善といった成果が表れています。このように、心身の不調に関する変化を可視化し「効果測定レポート」として確認できることも、ポケットセラピストの大きな強み。定期的に状況を把握すれば、現在の健康施策が本当に効果的なものかを客観的な指標で検討できる上、投資対効果もはっきりと見えてくるはずです。
健康経営は一筋縄ではいかないことも多く、しかも効果を実感できるまでにそれなりの時間がかかります。だからこそ私たちは、本気で取り組む経営者や担当者を心から尊敬しているのです。健康経営は福利厚生の延長ではなく、これからの日本で持続的に事業を成り立たせるために欠かせない存在。これからもポケットセラピストのサービスを通して、健康経営に尽力する皆さんを全力でサポートしていき、当社の経営理念である「社会を健康に。」を実現していきたいと考えています。
株式会社バックテックの「ポケットセラピスト」については、 |