都心の青空の下で両手を広げるビジネスウーマン

人的資本経営とは?注目される背景や取り組み事例を紹介

文/横山 晴美 ライフプラン応援事務所代表 ファイナンシャルプランナー

人材戦略と経営戦略を連動させる「人的資本経営」は、組織と人材双方の活性化を促し、中長期的な企業価値の向上につなげるための手法です。しかし、その重要性は理解していても具体的にどのような取り組みを行えばよいのか悩んでいる経営層・人事部は多いのではないでしょうか。今記事では、経済産業省の「人材版伊藤レポート2.0」をもとに、「人的資本経営」が注目される背景をはじめ、取り組みにおいて重要な視点を解説するとともに、具体的な事例を紹介します。

目次[非表示]

  1. 1.人的資本経営とは
  2. 2.注目される背景
    1. 2.1.1:デジタルソリューションの進化
    2. 2.2.2:企業を取り巻く環境の変化
    3. 2.3.3:働き方に関する意識変化
    4. 2.4.4:企業の情報開示の動き
  3. 3.人材版伊藤レポート2.0から見る 人的資本経営に必要な視点と取り組み項目
    1. 3.1.人的資本経営に必要な3つの視点と5つの要素
      1. 3.1.1.【人的資本経営に必要な3つの視点】
      2. 3.1.2.【人的資本経営を実現するための5つの重要要素】
    2. 3.2.人的資本経営に必要な取り組み項目
      1. 3.2.1.1:経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み
      2. 3.2.2.2:「As is – To be ギャップ」の定量把握のための取り組み
      3. 3.2.3.3:企業文化への定着のための取り組み
      4. 3.2.4.4:動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
      5. 3.2.5.5:知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取り組み
      6. 3.2.6.6:リスキル・学び直しのための取り組み
      7. 3.2.7.7:社員エンゲージメントを高めるための取り組み
      8. 3.2.8.8:時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取り組み
  4. 4.人的資本経営の取り組み事例
    1. 4.1.事例1:ロート製薬株式会社
    2. 4.2.事例2:KDDI株式会社
    3. 4.3.人的資本経営コンソーシアムとは
  5. 5.まとめ :人的資本経営を理解し、着実に取り組みを進めよう

人的資本経営とは

上に向いた矢印が描かれた木製ブロックを積んでいる手

近年、人材を資本として捉える「人的資本経営」が注目を集めています。人的資本経営は、人材を管理の対象ではなく、価値が伸び縮みする「資本」と捉えるのが大きな特徴です。例えば人材(資本)に社内システムを管理できるよう研修して学習させた(投資)場合、本人の能力が上がり、外注していたシステム管理を社内で行うことができるようになり、企業の利益になり、本人の給与も上がるというような流れです。

人材を資本として考えることで、企業側が人材に対する成長機会や意欲的な業務を提供したり、学びを得やすい環境を整えたりすることで、人材の価値上昇への取り組みにつながります。逆に魅力的な業務を提供できない、職場環境が悪いといった場合は、資本価値が下がると考えます。

人的資本経営は人材に関する取り組みとなるため、人事部が行う施策のひとつと考えられがちです。しかし、それでは採用や育成といった限定的な施策にしか、人的資本経営の考えを反映させることができません。

人的資本経営で重要なのは、経営戦略と人材戦略を連動させることにあります。人的資本経営の実現は単に人事部門の管理体制を変化させるだけでなく、経営戦略とつながりを意識しながら進めていくことが求められるのです。そのため、全社的な働き方改革、従業員の健康保持・増進・働き方改革等に寄与する健康経営など、施策の対象範囲は幅広い分野に及びます。経営戦略にからめて施策を実施することで、経営変革・人材変革・企業文化変革の実現が見込めるでしょう。結果として中長期的な企業価値の向上が叶う考え方として、注目を集めています。

注目される背景

さまざまな場面で働くビジネスパーソンたち

人的資本経営が注目される理由には、次のような社会的背景があると考えられます。

1:デジタルソリューションの進化

デジタル化か進むなかで、以前と比べて人材に求められるスキルのレベルや内容に変化が生じています。デジタルソリューションを活用するためのデジタルスキルの取得が求められるようになった点が、大きく影響していると考えられます。

2:企業を取り巻く環境の変化

持続可能な社会の実現に対する企業責任や、パンデミックへの対応など、社会の変化に応じて企業体制にも変化が求められます。そうした変化は新たな事業機会の創出にもつながりますが、変化をチャンスとして生かすためには、専門的、かつ新しい視点と発想を持った人材が必要です。受動的な立ち位置では、求める人材は採用(育成)できないので、能動的な採用・配置・育成を行わなければなりません。そうした点で、人的資本経営の考え方は、今後の企業の在り方を左右するものといえるでしょう。

3:働き方に関する意識変化

人材の多様化が進むとともに、コロナ禍によってリモートワークが急速に浸透したことなどもあり、「働き方」や「働く」ことそのものに対する従業員の意識が変わっています。多くの企業が同質性の高い組織を維持できなくなるなかで、組織と従業員とのつながりが薄れていく懸念があります。従来とは違った手法で企業と従業員の関係を強化していかなければならないでしょう。

4:企業の情報開示の動き

社内における多様性や人的資本に関わる情報が、資本家の投資判断の材料として重視されはじめています。東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コードにおいても、そうした非財務情報が、開示されるべきとされています。人的資本経営を取り入れ、多様な人材が活躍できる組織となっていかなければ、今後は融資に支障をきたす懸念が生じます。人的資本経営の取り組みは、企業価値を高める施策ともいえます。

人材版伊藤レポート2.0から見る 人的資本経営に必要な視点と取り組み項目

手を重ね合うビジネスマンたち

ここからは、経済産業省が公表している「人材版伊藤レポート2.0」から、人的資本経営に必要な視点と、取り組むべき項目について紹介しましょう。

人的資本経営に必要な3つの視点と5つの要素

人的資本経営に必要な3つの視点は次のとおりです。

1. 経営戦略と連動しているか

2. 目指すべきビジネスモデルや経営戦略と現時点での人材や人材戦略との間のギャップを把握できているか

3. 人材戦略が実行されるプロセスのなかで、組織や個人の行動変容を促し、企業文化として定着しているか

人的資本経営とは経営戦略と連携することが前提となるため、上記で最も重要なのは1といえます。しかし、1の取り組みを具体的に実行するためには2でギャップを把握することが必要です。また、その取り組みを醸成させていくには3の「企業文化としての定着」が必要になってきます。

【人的資本経営に必要な3つの視点】

人的資本経営に必要な視点

人的資本経営に必要な3つの視点
出典:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 人材版伊藤レポート2.0」をもとに筆者作成

さらに、人的資本経営を実現するための5つの重要要素があります。

1. 動的な人材ポートフォリオ
目指すべきビジネスモデルや経営戦略の実現に向けて、多様な個人が活躍する人材ポートフォリオを構築できていること

2. 知・経験のダイバーシティ&インクルージョン
多様な従業員、チーム・組織が活性化していることによって、生産性の向上やイノベーションの創出が実現する。こうした観点から、個々人の多様性が対話やイノベーション、事業のアウトプット・アウトカムにつながる環境にあること

3. リスキル・学び直し
目指すべき将来と現在との間のスキルギャップを埋めていくこと

4. 従業員エンゲージメント
多様な個人が主体的、意欲的に業務に取り組めていること

5. 時間や場所にとらわれない働き方
働き方に対する意識・需要が多様化するなかで、いつでもどこでも働ける環境を整えること

【人的資本経営を実現するための5つの重要要素】

人的資本経営を実現するための重要要素

人的資本経営を実現するための5つの重要要素
出典:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書 人材版伊藤レポート2.0」をもとに筆者作成

人的資本経営に必要な取り組み項目

上述した視点・要素に対応するための8つの取り組み項目を紹介します。

1:経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み

経営戦略と連携した人材戦略の取り組みは、経営層が主導し、具体的なアクションを考えることが求められます。アクションとしては、経営戦略の観点から人材戦略を立案できるCHRO(Chief Human Resource Officer)の設置や、「全社的経営課題の抽出」や、取り組みの度合いを可視化できる「KPIの設定」などが挙げられています。なおKPI設置の背景を社内外に説明することで、指標への理解を深めることも重要です。

2:「As is – To be ギャップ」の定量把握のための取り組み

目指すべき姿(To be)の設定と現在の姿(As is)とのギャップの把握を定量的に行います。それによって人材戦略と経営戦略とが連動し、効果を上げているか確認可能です。仮に方向性が誤っている場合の軌道修正も迅速に行えるでしょう。
例えば、CHROの設置後は、CHROへ情報が集約できるように人材情報基盤を整備する、定量把握する項目を一覧化し、建設的に議論ができる材料を揃えるといった取り組みが挙げられます。

3:企業文化への定着のための取り組み

求める企業文化が醸成されるためには、人材戦略策定時から目指すべき方向性を定めておくことが重要です。例えば「企業理念・企業の存在意義・企業文化」を定義して浸透させること、また、企業として重視する行動や姿勢を実践している従業員に昇格や表彰を行うなど、自律的な行動を促す手法があります。

4:動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用

必要な人材を中長期的に維持するには、現時点の人材やスキルを前提とするのではなく、経営戦略を実現させるために将来的な目標から逆算する形で、人材の要件を定義します。そのうえで、人材の採用・配置・育成を計画的に進める必要があります。
例えば、将来の事業構想を踏まえた中期的な人材ポートフォリオを作成し、そのうえでのギャップ分析を行います。またギャップを踏まえ、「平時からの人材の再配置」「外部からの獲得」「アルムナイ採用」など多様な採用手法を検討するとよいでしょう。

5:知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取り組み

イノベーションを創出していくために、同質性の高いチームから多様なチームへと変わることが求められます。
例えば、キャリア採用や外国人を積極的に採用した際に定着・能力発揮の状況を、KPIを設定してモニタリングする方法があります。また課長やマネージャー間で、マネジメント方針や成功事例を共有することで、協働が推進できる環境が整備されます。

6:リスキル・学び直しのための取り組み

社会の変化に対応するために、従業員のリスキルが求められます。個々の従業員が将来を見据え、自律的にキャリアを形成できるような体制の整備などが必要です。
例えば、組織として今後必要となるスキル・専門性を特定し、学ぶ価値のあるスキルを示唆する方法があります。もしくは社内起業・出向起業等を支援することによって従業員の知識や経験の幅を広げる取り組みも有効です。

7:社員エンゲージメントを高めるための取り組み

人材が能力を発揮するためには、仕事に対するやりがいやモチベーションも重要です。エンゲージメント向上の要素は多数あるため、取り組みと検証を繰り返して成果を得ていきます。
自社にとって重要なエンゲージメント項目を整理して、エンゲージメントレベルを定期的に把握することや、従業員のニーズに合った成長機会を提供することなどが挙げられます。また、キャリアに関することのみならず、従業員の健康を促進する健康経営を取り入れるWell-being の視点を取り込むことも重要でしょう。健康経営は心身の健康によって、個々の従業員の活力向上や生産性の向上が見込めるだけでなく、組織全体の活性化も促します。

8:時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取り組み

時間や場所にとらわれない働き方を提供することは、多様な人材活用において欠かせない取り組みです。単に働き方の選択肢を広げるだけでなく、同時に、それに対応するマネジメント体制やスムーズな業務フローも構築しなければなりません。
例えば、リモートワークを円滑化するための、業務のデジタル化を推進することや、リアルワークの意義を再定義したうえで、リアルワークとリモートワークとの最適な組み合わせを考えていくことなどが求められます。

参照 経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~

「人材版伊藤レポート2.0」をもとに詳しく紹介しましたが、上記8項目とその内容のすべてを実行することを推奨しているわけではありません。自社のおかれた状況や優先項目などを考慮することが重要であり、上記は自社の取り組みを決める際の参考として提示されています。

人的資本経営の取り組み事例

笑顔で並ぶビジネスパーソン

続いて、人的資本経営の取り組み事例と先進事例の共有が目的のひとつである人的資本経営コンソーシアムについて紹介しましょう。

事例1:ロート製薬株式会社

大手医薬品メーカーであるロート製薬株式会社では、社員の挑戦や自律的なキャリア形成を積極的に促しています。企業と個人の双方がWell-beingの実現に向け、ともに成長することを目指す取り組みです。具体的には、社外複業や社内兼務、起業支援、オンラインを活用した学びのプラットフォームなど幅広いマネジメント体制を構築しています。また健康経営の促進によって健康面からの支援も実施しています。

事例2:KDDI株式会社

大手通信企業であるKDDI株式会社は、経営層や各事業部門と人事部門の密接な連携によって信頼関係を構築しています。人材ポートフォリオを最大限に生かすための事業転換を実施したり、事業ニーズに応じた多様な人材の採用・育成・配置を実施したりするなど、経営戦略と人事戦略の連携が根付いています。また、通年採用・入社で留学生等を積極的かつ柔軟に受け入れ、キャリア採用は約10年で10倍となりました。

人的資本経営コンソーシアムとは

ここまで、人的資本経営に必要な視点や項目、取り組み事例を紹介しました。しかし、それでもまだ具体的にどう動いていけばいいのかわからない、という企業もあることでしょう。

実際に、経済産業省が上場企業を対象に行った「人的資本経営に関する調査(2022年5月)」の結果においても、取り組み状況が高くないことがわかりました。
「投資対効果の把握」と「動的な人材ポートフォリオ」の取り組みに対して「対応策を実行している」とした企業はおおむね1~2割でした。

対応策実行後の見直し段階まで進んでいる企業はさらに少ない割合になっています。
多くの企業の現状は「具体的に対応策を検討している」もしくは「重要性を認識・議論はしているが対応策は未検討」という結果でした。つまり、取り組み実行前の段階にいる企業が多数だといえます。

こうした大資本の上場企業でも、人的資本経営についてまだ手探りの状態であることが推測できます。そのような状況で、人的資本経営の実践に関する先進事例の共有や議論、効果的な情報開示の検討等を議論するために設立されたのが「人的資本経営コンソーシアム」です。

本取り組みは経済産業省及び金融庁がオブザーバーとして参加しており、良質な事例や取り組み情報が得られる場になると考えられます。人的資本経営の方向性に迷う企業は今後の進捗に注目し、自社の取り組みの参考にしていくことをおすすめします。

まとめ :人的資本経営を理解し、着実に取り組みを進めよう

人の絵がプリントされたブロックがつながっている様子

「人的資本経営」に注目が集まっているものの、実際に取り組みに着手している企業や成功事例はそう多くありません。また、フレームワークが確立しているわけでもなく、具体的な取り組みに進めない企業も多いかもしれません。人的資本経営の第一歩として、まずは、目的や必要な視点など、内容を理解することからはじめるといいでしょう。そのうえで、ステップアップしながら自社の状況に応じた取り組みを策定していきましょう。

【プロフィール】
横山 晴美(よこやま・はるみ)

ライフプラン応援事務所代表 AFP FP2級技能士
2013 年に FP として独立。一貫して個人の「家計」と向き合う。お金の不安を抱える人が主体的にライフプランを設計できるよう、住宅や保険などお金の知識を広く伝える情報サイトを立ち上げる。またライフプランの一環として教育制度や働き方関連法など広く知見を持つ。

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