メディカルパーク横浜の診察室でインタビューに応じる菊地盤院長

卵子凍結も産むことも産まないことも決めるのは女性の権利


撮影/角田大樹(株式会社BrightEN photo)
取材・文・編集/ステップ編集部

妊娠する力は35歳を過ぎると急激に低下するため、若いうちに卵子凍結することを検討している女性も増えているのではないでしょうか。2015年に浦安市と順天堂大学浦安病院が共同で行った卵子凍結プロジェクトで責任者を務めたメディカルパーク横浜の院長で、腹腔鏡手術と不妊治療の専門医である菊地盤さんに卵子凍結の仕組みやメリット、注意点などを聞きました。


菊地先生プロフィールお写真

菊地盤(きくち・いわほ)

メディカルパーク横浜院長、順天堂大学産婦人科客員准教授

1994年順天堂大学医学部卒業。同大学医学部附属の浦安病院や東京江東高齢者医療センターなどを経て、2015年に浦安病院リプロダクションセンター長に就任。同年、浦安市と順天堂大学浦安病院が共同で行った世界初の自治体による卵子凍結サポートプロジェクトの責任者として従事。2019年からメディカルパーク横浜院長。産婦人科専門医、婦人科内視鏡学会技術認定医、生殖医療専門医。


目次[非表示]

  1. 1.そもそも卵子凍結とは?
  2. 2.日本と海外では違う卵子凍結をする理由
  3. 3.卵子凍結で重要なのは計画性と主体性
  4. 4.卵子凍結をすることで選択肢の幅が広がる
  5. 5.編集後記

そもそも卵子凍結とは?

卵子凍結の話をする前に、妊娠と年齢の関係について説明します。妊娠にとって重要なのは卵子と精子と子宮の3つです。卵子はお母さんのお腹の中にいる時に作られて、それから増えることはありません。卵巣の中では月に一度の排卵に向けて数十個の卵胞が育ち、その中で最も早く成熟した1個の卵子だけが押し出されて「排卵」され、残りの卵胞は消えてなくなります。人間の細胞には46本の染色体があり、排卵のときに卵子は23本の染色体に分かれます。卵子の年齢はその人の実年齢とほぼ同じなので、高齢になるほど細胞質が老化して染色体の分裂がうまくできなくなります。

通常、染色体は2本の対になりますが、うまく分裂できず片側に2本行ってしまうと精子とくっついた時に3本(トリソミー)になり、ダウン症候群になります。ダウン症候群の場合は21番染色体がトリソミーになりますが、小さい染色体なのでさまざまな病気の可能性があるものの生まれることはできます。大きい染色体がトリソミーやモノソミー(染色体が1本のみ)になると、 そもそも妊娠できない、流産ということが起こります。これが卵子の老化による妊娠率の低下につながります。妊娠時には子宮にも大きな負担がかかるのでそれに耐えられる体力が必要ですし、年齢が高くなると血管も老化して妊娠性高血圧のリスクも高くなります。

取材に応じるメディカルパーク横浜院長の菊地盤さん。2015年に浦安市との卵子凍結サポートプロジェクトで責任者を務めた。

取材に応じるメディカルパーク横浜院長の菊地盤さん。2015年に浦安市との卵子凍結サポートプロジェクトで責任者を務めた。

生殖可能年齢には制限があるにも関わらず、日本では性教育がきちんと行われていないので40歳でも50歳でも妊娠できると勘違いをしている人が少なくありません。日本では体外受精をしている人の4割以上が40歳を超えています。一方、海外ではもう少し若い年齢で妊娠にトライするのが一般的ですし、法律が整っているため 高齢などで妊娠が難しくなった方には卵子提供も可能です。医療費の高いアメリカでも、4割以上が34歳以下で不妊治療を始めると言われています。

女性の方は排卵時に染色体が分裂するメカニズムがあるため染色体異常が起きやすく、不妊や流産が起こり、先に進めなくなるので卵子の老化が注目されていますが、男性も加齢の影響を受けます。男性も高齢になれば精子を作る能力は衰えますし、肥満や喫煙といった生活習慣の影響で染色体の中のDNAは損傷を受けます。精子は毎日作られるので染色体の本数の異常は起きにくいものの、父親の高齢化が子どもの発達障害や自閉症につながることを示す研究データも出ています。男性も若い方が良いことは間違いありません。ただ、未婚化、晩婚化が進んでいます。日本では妊娠・出産をするためには結婚が前提になっていますが、個人的には結婚というシステムが日本の少子化問題を難しくしている要因の一つだと思っています。

日本と海外では違う卵子凍結をする理由

卵子の老化は止められないので、将来の妊娠に備えて若いうちに卵子を採取し、凍結保存しておく方法が卵子凍結です。卵子凍結ではできるだけ多くの卵子を採るために、排卵されずに消える残りの卵胞も育つように飲み薬やホルモン注射を行います。10~20個ほどの同じ大きさの卵胞が成熟し、排卵する直前で腟内から針を刺して卵子を採ります。この工程は体外受精を行うときと同じです。34歳頃までに約20個採卵しておけば90%弱の 割合で子どもが1人生まれるというデータがあります。

卵子凍結はがん治療などで生殖能力を失うリスクのある人のための「医学的卵子凍結」と、加齢による妊よう性低下に備えて健康な女性が行う「社会的卵子凍結」に分けられますが、2018年に米国生殖医学会が「計画的」卵子凍結という概念を提唱しました。「社会的」という表現ではなく、理由は問わず自身で計画して行う「計画的」卵子凍結という分け方の方が分かりやすいし、私も正しいと思います。

卵子凍結に取り組み始めた頃、ある政治家の方に「早く産める社会の方が良いんだから、女の人はつべこべ言わずに早く産めばいい」と言われたことがあります。でも、すぐには産めない事情があるから卵子凍結の話になるんです。私は2015年に浦安市と共同で卵子凍結プロジェクトを行いました。説明会には100人以上が参加し、20代~30代前半の34人の女性が卵子凍結をしました。一人一人に話を聞き、やはりそれぞれにすぐには妊娠できない事情があると分かりました。

浦安市との共同プロジェクトを振り返り、「女性たちに話を聞いて、すぐには妊娠できない事情が分かった」と話す菊地院長

浦安市との共同プロジェクトを振り返り、「女性たちに話を聞いて、すぐには妊娠できない事情が分かった」と話す菊地院長

アメリカやイスラエルの卵子凍結に関するデータでは、凍結した人の8割以上が「今の自分に見合った相手がいないから妊娠を先延ばししている」とパートナーの不在を理由に挙げていますが、浦安市との共同プロジェクトでは参加者の6割にパートナーがいました。なぜ結婚して妊娠しないのかというと、経済的な理由が大きいようです。また、6割以上の方が「お金がなければ卵子凍結はやらなかった」と答えました。

経済的なことを含め、子どもを産みにくい社会の問題が大きいと感じました。社会が変われば産みたいという人も増えるでしょうし、卵子凍結も必要なくなるかもしれません。ただ、それには時間がかかるので待てない人たちが卵子凍結を選ぶわけです。妊娠を先延ばしにすることを「わがまま」だと批判する声も一部にはありますが、女性に社会の構造的な問題を押し付けて卵子凍結を個人的な話にしてしまうことには違和感があります。

浦安市との共同プロジェクトでは、「妊娠を将来どうしようかか考える余裕ができた。その余裕を作ってくれて、浦安市に感謝しています」という言葉ももらいました。プロジェクトでは毎月説明会を行い、参加者と話をして、それでも卵子凍結を望む人だけが行いました。その説明会が何よりも大切だったんじゃないかなと思っています。日本は国際的に見て性教育が遅れているので、妊娠の仕方から学び直しましょう、と解説しました。その中で、妊娠・出産には限界があることや、卵子凍結という方法があることを説明し、サポートがあるからご希望があればできることを伝えました。大事なのはあくまでも本人の意思でやることです。説明会を聞いて「それなら早く妊娠したほうが良い」と思った人もいて、実際に参加者のうち2人が自然妊娠で出産しました。「まだ産めない、産まない」と思っていた人が早めに妊娠しようと思うきっかけにもなっただけでも、やってよかったと思います。卵子凍結をして出産した人もいますし、これから凍結卵子を使う予定の人もいます。一番多いのは、第1子は自然妊娠あるいは体外受精での妊娠を目指し、上手くいかなかった場合は凍結卵子を使おうと考えている人です。凍結から使用するまではおおよそ4~5年ほどが一般的です。いつか子どもが欲しいという人にとっては、卵子凍結はとても役に立つ技術だと思います。

キャプション:卵子凍結をするための計画を練るには知識が必要。「そこもサポートすることが大切です」(菊地院長)

キャプション:卵子凍結をするための計画を練るには知識が必要。「そこもサポートすることが大切です」(菊地院長)

卵子凍結で重要なのは計画性と主体性

卵子凍結をするメリットは、人生の計画を練れるところにもあります。例えば、30代前半に卵子凍結をすれば間に合うから、「その時に相手がいなければ凍結しよう」「何年か先に第2子が欲しいけれど年齢的に厳しそうだから凍結しよう」と人生プランを考えることができます。卵子凍結は女性が自分のために計画的なサポートをする手段。一つのツールとして利用していいのではないでしょうか。計画を練るには知識が必要なので、若い世代のリテラシー向上からサポートすることが大事だと思います。

2023年度から東京都は健康な女性の卵子凍結にかかる費用を1人当たり30万円程度助成し始めましたが、福利厚生サービスの一つとしてサポートする企業もあります。ジェンダーギャップとも言われますが、子どもを産めるのは女性だけなので手当てをするの当然のこと。重要なのは、卵子凍結のサポートを誰がどんな目的で行うかです。国や自治体が少子化対策として税金を使って卵子凍結をサポートする場合に少し懸念されるのは、女性にプレッシャーを与えてしまわないか、というところです。都の助成制度を使って卵子凍結したからといって「都のお金を使ったのだから産まなければ」と思う必要はありません。企業が行う場合も、「卵子凍結したなら働いてね」というメッセージを伴うとプレッシャーを与えてしまいます。卵子凍結はあくまでも女性の権利で、自らの人生の計画として行うべきです。卵子凍結だけをフォーカスするのではなく、男女問わず産休・育休の間のポジション変更はなく、いつでも安心して妊娠・出産できるような手厚いサポートが大事だと思います。独身の人も、仕事が軌道に乗っていてすぐには妊娠を考えてない人もみんなをサポートする、という姿勢がいいです。浦安市も理由を問わない託児所の開設や、ホテルの空き部屋を利用した産後ケアサポート事業などさまざまなサポートをした上で卵子凍結の支援に取り組みました。

卵子凍結をすることで選択肢の幅が広がる

染色体異常が出やすくなるのは30代半ば以降なので、卵子凍結は20代~30代前半 のうちにした方がいいです。卵子凍結をするアスリートの方は多いですよね。選手生命と妊娠可能期間は結構重なっていますから。でも、それは働く女性も同じだと思うのです。バリバリ働きたい一番乗ってる時期はみんな同じ。そのときに子どもを産むという選択ができなくても卵子凍結という方法があると知っていれば、冷静に検討できるんじゃないでしょうか。 仕事も子育ても一生続くものですし、残念ですが40代 になると卵子凍結という選択肢はなくなってしまうので、早い段階で取り組めるように知っていてほしいです。 

卵子凍結をしたからといって必ず妊娠・出産をしなければいけないということでもありません。繰り返しますが、産むかどうかを決めるのはその人の権利です。出産するかは分からないけれど、卵子を凍結しておくことで選択肢の幅は広がります。女性の人生にとってプラスに作用するツールの一つとして、サポート制度を含めてうまく利用したらいいのではないでしょうか。

ちなみに、海外では使われなかった卵子を不妊治療をしている人に提供する「エッグシェアリング」というものがあります。日本でも法整備がされれば、高齢の女性に卵子を提供する動きも出てくるのではないかなと思っています。今は自分のためにしか使えないので、凍結した卵子を使わない場合は廃棄するしかありません。法律がしっかり整って誰かに提供できるようになれば、妊娠を諦めていた人にとっては希望となるでしょう。

編集後記

私自身も30代後半の女性で、妊娠・出産のタイムリミットの話は友達ともよく話すテーマです。これまでは妊娠するか諦めるかの二択でしたが、卵子凍結という選択肢が加わることでライフプランの計画にゆとりが生まれると感じました。卵子凍結には費用がかかるため助成制度の存在は大きいです。ただ、助成制度を利用しても「プレッシャーを感じなくていい」と菊地先生は話し、産むこと・産まないことを決めるのはどちらも女性の権利だと語ってくれたことが強く印象に残りました。助成制度も活用しながら、女性がより自分らしい人生を歩む一助になってほしいと思いました。

【参考】日本産科婦人科学会が卵子凍結のメリット・デメリットをまとめた動画を公開しています。本文では「社会的卵子凍結」(計画的卵子凍結)と書いている、加齢による妊よう性低下に備えて健康な女性が行う卵子凍結ですが、下記の動画では「ノンメディカルな卵子凍結」と表現されています。

ノンメディカルな卵子凍結をお考えの方へ|公益社団法人 日本産科婦人科学会 (jsog.or.jp)

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