「転換期」にある日本の介護を応援する、仕事と介護の両立支援パックの中身とは?
撮影/和知 明(株式会社BrightEN photo) |
日本の大きな社会課題として注目を集める、ビジネスケアラーの問題。2025年度に改正育児・介護休業法が施行されることを考えても、対策を講じるための時間的猶予はそれほど残されていないと言えるでしょう。しかし、「何とかしなければ」と考えていても、具体的な方針が定まってない企業はまだまだ多いようです。ビジネスケアラーやその予備軍を対象にした企業向けサービスなどを展開する株式会社チェンジウェーブグループの大隅聖子さん(代表取締役副社長 COO)に、ビジネスケアラー対策の勘所について伺いました。
大隅 聖子(おおすみ・せいこ) 株式会社チェンジウェーブグループ 代表取締役副社長 COO。 |
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介護支援制度は「あえて使わない」層が大半
日本の生産年齢人口が減少していること、そして労働需給のギャップは今後も大きくなり、企業が人手不足に悩まされ続けるであろうことに、異論の余地はないでしょう。労働力の確保をかなえる上で重要なカギとなるのが介護離職の予防であり、ビジネスケアラー(仕事をしながら介護に従事する人)に向けた施策です。日本の正規雇用労働者のうち半数近くが45歳以上(2023年9月時点)であり、いわゆるビジネスケアラー世代であることをご存じでしょうか(図1)。従業員の平均年齢そのものが上昇傾向であることを背景に、親世代の介護に直面する人はますます増えていく見込みです。当社の調べでは、40歳代以上の31.3%、20~30歳代でも約10%がビジネスケアラー(あるいは予備軍)に該当することが分かっています。
図1:年齢階級別労働者(正規雇用)の人数推移(万人)を加工
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00200531&tstat=000000110001&cycle=0&tclass1=000001040276&tclass2=000001011681&stat_infid=000031831359&cycle_facet=tclass1%3Atclass2&tclass3val=0
しかし、家族介護による従業員の離職・生産性低下を抑えるための土壌は、まだ十分に整備されていないのが現状です。当社のサービスを利用するビジネスケアラー約2,600人への調査では、介護休業・休暇といった制度の認知度は80%近くあるにもかかわらず、実際の利用率は5%未満にとどまることが判明しました。つまり、大多数のビジネスケアラーは、介護支援制度を「あえて使わない」という選択をしているのです。その理由としては、やはり周囲の理解不足があり、当事者も「理解してもらえない」と考えてしまうことが大きいでしょう。まだ「当たり前」になっていない制度を堂々と利用することには、精神的なハードルが生じて当然です。まずは職場全体で介護に関する知識レベルをアップし、理解し合えるような環境を構築することが欠かせません。
もちろん、当事者目線でも知識を習得しておくことは重要です。公的支援制度の選択肢や内容、利用のタイミングといった「知識」と「活用・準備する力」を事前に高めておけば、いざ介護に直面してもスムーズな対応が可能になります。実際、仕事と介護の両立体制を構築するのに必要な期間(会社を休む日数)は、知識・準備不足だと約40日もかかるのに対し、知識・準備があれば4日程度で済むというデータもあります。十分な備えがあれば、企業も当事者も負担を減らすことができるわけです。
個人的には、いずれ介護に関する社会全体の認識は変化していき、子育てと同じように「仕事を辞めずに両立することが普通」になっていくと予想しています。しかし、労働力不足という喫緊の社会課題を踏まえれば、新しい時代の到来をただ待つだけでは間に合いません。各企業が適切に従業員をサポートすることで、積極的に意識変革しようとする姿勢が必要になるはずです。
対応必須の改正育児・介護休業法がいよいよ施行!
こうしたビジネスケアラーの問題を解決するために当社が展開してきたのが、両立に必要な知識と準備を学べるeラーニング型の両立支援システム「LCAT(エルキャット)」です。最大の魅力は、個別性に応じて必要な知識を手軽に習得できること。介護の問題は本当に「人それぞれ」で、まったく同じ課題を抱えている人などいないように思います。親の性格や心身の状況、親戚や友人との付き合い、親子関係、経済的な状況、実家までの物理的な距離……。たくさんある要素を踏まえて自分の状況を客観的に理解し、それに沿った情報を得る必要があるわけです。
LCATでは、選択式の質問に回答してもらい(全70問)、それに基づく分析結果を本人にフィードバック。両立に関するリスクの程度を分かりやすく示すと同時に、診断結果に合わせてeラーニングコンテンツ(動画形式)が提案されるため、本当に必要な知識を習得することができます。さらに、人事向けの管理画面では「全社」「部門・部署」単位で両立状況を可視化し、介護が従業員に与える影響度や緊急性の分布が分かるようになっています。つまり、「3年以内に介護に直面する従業員が、どの部署にどのくらいいるか?」といったことが数値で把握できるのです。実際の導入企業では、リスクが高い従業員を優先的にサポートしたり、両立施策の効果を測ったりするために役立ててもらっています。
これまでLCATを展開する中で、数多くの企業における両立支援の実態や課題感について知見を得てきた当社は、経済産業省のガイドライン策定にも参画させてただきました。それが、2024年に公表された「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」です。当社代表取締役社長・CEOの佐々木裕子が「企業経営と介護両立支援に関する検討会」の委員を務め、本ガイドライン策定に際して提案・発表するなど、知見を提供させていただきました。企業における両立支援の実現をめざし「経営層のコミットメント」「事態の把握と対応」「情報発信」の3ステップで取り組むことを推奨する分かりやすい内容なので、ぜひ読者の皆さんにも活用してもらいたいです。
画像元:経済産業省「仕事と介護の両立支援に関する経営者向けガイドライン」について
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kaigo/kaigo_guideline.html
国の政策という観点では、2025年4月から施行される改正育児・介護休業法も見逃すことはできません。男女ともに仕事と育児・介護を両立できるよう、事業主へ支援制度の強化などを求める内容で、企業・事業所の規模や業種を問わず適用される点に注意が必要です。介護に関しては以下の3点が措置義務とされているので、必ず確認しておきましょう。
事業主に以下の措置義務
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【出典】厚生労働省「育児・介護休業法について」令和6年改正法の概要(政省令等の公布後)
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/001326112.pdf
【参考】介護休業制度 特設サイト|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/
法定義務にも対応できるコスパのよい新サービスとは?
しかし、一口に両立支援を強化すると言っても、特に中堅・中小企業の経営者の方々から「それほど時間も労力もかけられない」と悩む声を伺います。そこで当社では、LCATを法定義務に対応しやすく、雇用環境の整備が進みやすいようにパッケージ化し、しかも手頃な価格にした「仕事と介護の両立支援パック」を2024年秋からリリースしています。ビジネスケアラー・介護予備軍に対する支援体制や周囲の理解にまつわる課題は、大企業よりむしろ中堅・中小企業の方が切迫していることが少なくありません。従業員が1人でも急に休んだり辞めたりしたとき、どれだけ業務にダメージがあるかを考えれば、対策を講じることは事業継続のためにも欠かせないはずです。
仕事と介護の両立支援パックには、3つのサービスが含まれます。一つ目は、「仕事と介護の両立支援セミナー」(法定義務②「情報提供」に対応)。毎月開催されるオンデマンド型のセミナーで、業務の都合に合わせた視聴が可能です。実際に両立を経験したことがあり、仕事と介護双方の視点を持つ講師がセミナーを担当。お金や制度に関するリアルな話、両立の具体事例などをふんだんに盛り込み、介護当事者以外の方にも役立つ「事前に備えておきたい知識」を数多く提供します。
二つ目は、「介護との両立ステージ簡易チェック」(法定義務①「個別周知・意向確認」に対応)。上記セミナーへの参加後、20問程度の簡易的なアンケートに答えてもらうことで、自身の両立ステージがどのような段階にあるかに加え、類似した状況の方からよく寄せられる質問集などを示します。また、企業側にも「従業員の介護問題ステータス」「勤務先に期待する両立支援策」などの集計データを提示。ビジネスケアラーの方はもちろん、まだ介護に直面していない方の状況も加味しながら、より適切な施策を検討する上での有用な情報が得られる仕組みになっています。
そして三つ目は、「仕事と介護の両立相談窓口」(法定義務③「雇用環境の整備」に対応)。年間400件、のべ2000人以上の質問・相談に応じてきた両立相談のプロや専門研修を受けた相談員が、従業員の悩みに個別に応じるものです(年間30分×3枠が基本料金で利用可能、それを超える場合は別料金が発生)。さらに2025年夏からは、AIを用いた「相談・両立アクション支援サービス」も追加でリリースする予定で、低コストかつ個別性のある相談対応を実現。属人的でないためフラットな情報を得やすい点、対面では話しづらい内容を気軽に相談できる点が特徴で、介護予備軍の方などが早期から活用しやすいことも大きなメリットだと考えています。
ビジネスケアラーや介護予備軍となる従業員だけを対象としたサービスではなく、企業がよりよい支援体制を整えるためにも役立つ点が、「仕事と介護の両立支援パック」の大きな特徴と言えます。当事者と組織、双方の視点を大切にしながら両立をかなえやすい環境づくりをサポートしているので、ぜひ多くの方に知っていただければと思います。
企業も従業員も意識改革し、「戦線離脱」を防ごう
実は、私自身もビジネスケアラーであった時期があり、早期の準備に助けられた経験を持つ当事者の一人です。数年前のある日、母親が倒れて入院したと病院から電話がかかってきました。突然の連絡に驚きましたが、具体的な役立つ知識を得ていましたので、仕事を休む期間はわずか3日程度で済んだのです。まずは母親の状態を確認してから、早々に地域包括支援センターへ連絡。ケアマネジャーへ依頼・相談したり、必要な福祉機器をすぐレンタルできるよう準備を進めたりしておきました。とりわけ重要だったのが、関係者会議のセッティングです。本人、家族、ケアマネジャー、各事業所の担当者などが集まって今後について話し合う場で、入院中から日取りを調整し、退院後すぐに会議を開けたので、サービス提供開始までが非常にスピーディーでした。もし、退院後にゼロから「どうしよう?」と考えていたら、体制が整うまでにかなり長い時間がかかったでしょう。
育児では自分自身が「プレイヤー」となりますが、多くの場合、介護では「マネージャー」の視点を持つことがより重要になります。もちろん、「親の介護は自分の手で……」という考え方を否定するものではありませんが、必ずしも親がそれを望んでいるとは限りませんし、経済的な問題も考慮する必要があります。さらに、今の日本の状況を考えれば、高品質のケアを提供してくださるプロに任せるという姿勢も大切ではないでしょうか。こうした意識の持ち方についても、日本の介護は「転換期」にあるように思います。介護の在り方に悩む人が多いからこそ、企業が積極的に従業員を応援することで、仕事から戦線離脱してしまう人を減らしてほしいのです。
実際に経験してみて思うのは、介護はどうしても明るい話題にはなりづらいということ。特に、頼りがいのあった親が弱っていく姿を目の当たりにするのは誰にとってもつらいことで、仕事にも影響が出てしまうことが想定されます。少しでもそうしたダメージを軽減し、落ち着いて仕事に取り組める状況をつくるためにも、企業からのサポートは必須。今回の法改正を機に、あらためて仕事と介護の両立について検討し、施策の優先度を高める流れになることを期待しています。