ソファーに腰掛けてインタビューに応じる睡眠専門医の白濱龍太郎さん

ぐっすり眠ると仕事のパフォーマンスが向上!睡眠はスマホの充電と同じ


撮影/山本 未紗子(株式会社BrightEN photo)
取材・文・編集/ステップ編集部

日中のパフォーマンスに大きな影響を与える睡眠。厚生労働省の調査※1では、日本人の約4割が睡眠時間は6時間未満で、日中に眠気を感じている人も3割を超えていることが分かっています。ビジネスパーソンやアスリートら約2万人の睡眠と向き合ってきた睡眠専門医の白濱龍太郎さんは、最新刊『ぐっすり眠る習慣』(アスコム)の中で、質の高い睡眠の重要性と実践法を啓蒙しています。ぐっすり眠って本来の実力が発揮できるようになるための方法を白濱さんに聞きました。

※1/厚生労働省「令和元年 国民健康・栄養調査結果の概要」より引用https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000687163.pdf


白濱先生プロフィール

白濱 龍太郎(しらはま・りゅうたろう)


睡眠専門医、産業医、RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニック院長
筑波大学卒業、東京医科歯科大学大学院統合呼吸器学修了(医学博士)。同大学睡眠制御学快眠センター等での臨床経験を生かし、総合病院等で睡眠センターの設立、運営に従事。2013年、睡眠、呼吸の悩みを総合的に診断、治療可能な医療機関を目指して「RESM新横浜 睡眠・呼吸メディカルケアクリニック」を設立。2014年に経済産業省海外支援プログラムに参加し、インドネシア等の医師たちへ睡眠時無呼吸症候群の教育を行った。18年、ハーバード大学公衆衛生大学院の客員研究員として睡眠に関する先端の研究に従事。19年には日本オリンピック委員会(JOC)強化スタッフを務めた。社会医学系指導医、睡眠学会専門医、認定産業医を有し、教育、啓発活動にも取り組んでいる。著書も多く、最新刊は『ぐっすり眠る習慣』(アスコム)。


目次[非表示]

  1. 1.ぐっすり眠るための3つのポイント
  2. 2.睡眠の質は最初の4時間で決まる
  3. 3.寝る前も昼間もお勧めのデジタルデトックス
  4. 4.パーフェクトを目指さなくて良い
  5. 5.【編集後記】

ぐっすり眠るための3つのポイント

昨年末から今年にかけて、さまざまな企業で睡眠に関する話をする機会がありました。5月からは新型コロナの感染症法上の位置づけが5類に移行して会議がオンラインから対面に戻ったという職場も多く、ライフスタイルの変化にストレスを感じている人も少なくないようです。睡眠の質にはそういった環境の変化も影響しますが、最も大きな要素は、自律神経と深部体温とホルモンの3つです。先に言ってしまうと、この3つがうまく作用し、夜にはリラックスして自律神経の副交感神経が優位になり、深部体温が下がり、メラトニンというホルモンがしっかり分泌されれば、ぐっすり眠れることができます。

約2万人の睡眠と向き合ってきた睡眠専門医で「RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック」院長の白濱龍太郎さん

約2万人の睡眠と向き合ってきた睡眠専門医で「RESM新横浜睡眠・呼吸メディカルケアクリニック」院長の白濱龍太郎さん

それぞれ説明しますね。自律神経には交感神経と副交感神経があり、よく交感神経はアクセルに、副交感神経はブレーキに例えられます。私たちは目の前の青信号が点滅したら走り出すことができる、すなわち、瞬時に「アクセルを踏む」ことができますよね。でも、「今から3秒後に寝てください」と言われてもできないように突然「ブレーキをかける」ことは苦手です。現代人は交感神経が優位な過緊張の状態の人が多く、前提として眠りにくい状態にあります。深部体温は脳や腸の温度のことで、1日の中で1℃ほど上下します。日中に上がり夜に下がるのですが、下がるときに眠気が訪れます。ホルモンは、「幸せホルモン」と言われるセロトニンが日中に太陽光を浴びて増加し、夜になるとそれが睡眠を促すメラトニンに変換されます。

また、気温や気圧といった季節的な要因から眠りの質が下がることもあります。例えば梅雨の時期は気圧の変化で自律神経が乱れやすいですし、暑すぎても寒すぎても交感神経が優位になるし、湿度が低すぎると口呼吸になったり呼吸が浅くなったりもします。職場や家庭にストレスがあるときも過緊張になります。ちまたではよく眠るためのハウツーがあふれていますが、どんな環境下でも「過緊張の状態から副交感神経を優位にするためにどうするか?」と考えれば、おのずとどんな対策をしたらいいか分かってくるでしょう。刺激を減らしてリラックスできることをする、ということがぐっすり眠るための基本の準備になります。

現代人の多くは交感神経が優位な過緊張の状態で眠るのが苦手だという

現代人の多くは交感神経が優位な過緊張の状態で眠るのが苦手だという

睡眠の質は最初の4時間で決まる

人は眠っている間、浅い眠りのレム睡眠と深い眠りのノンレム睡眠という2つの状態を繰り返しています。ノンレム睡眠には3段階あり、最も深い深睡眠という状態のほとんどは眠ってから4時間以内に現れます。寝つきから4時間以内に深睡眠が取れていれば、睡眠の質は保証されたようなものです。前半は深い眠りのノンレム睡眠で体温がぐっと下がって脳の機能も低下し、後半は浅い眠りのレム睡眠が増えてきて体温も上がり、朝に向けて覚醒していきます。眠りの深さをグラフにしたとき、スポーツメーカーのナイキのロゴマークのような形で推移するのが理想的ですね。

そのためには、夕方から夜にかけての行動が大事になります。まず、就寝の1時間半前にはお風呂に入りましょう。それより入浴と就寝の時間が近いと、冒頭に説明した深部体温が下がりきらず眠気が訪れません。そして、絶対に推奨したいのが、スマホは寝る1時間前からは見ないことです。画面から発されるブルーライトは脳を刺激し、睡眠ホルモンのメラトニンの働きを抑えてしまいます。1時間が難しければ、せめて30分前にはスマホを置きましょう。それから、ストレッチはぜひやってもらいたいです。スマホを見るときは頭を垂れ、オンライン会議に出ているときなども常に前傾姿勢で、首や肩、背中にかけてある僧帽筋(そうぼうきん)がすごく張っています。その筋肉をしっかりほぐすと血行もよくなりますし、体温を上げるメリットもあります。

「ぐっすり眠るためには寝る前の準備が大事です」と語る白濱院長

「ぐっすり眠るためには寝る前の準備が大事です」と語る白濱院長

3分でも構わないので、自分なりのルーティンワークを作ると良いと思います。副交感神経が優位な状態を睡眠ベクトル、交感神経が優位な状態を覚醒ベクトルとし、今の状況はどちらのベクトルが勝つか?と考えると分かりやすいでしょう。ルーティンといっても難しいことは必要なく、ゆっくり呼吸するだけでも睡眠ベクトルを強めることができます。緊張する場面で深呼吸すると脈拍が落ち着くことは、みなさんも経験的に分かると思います。あとは、香りや音楽で五感を使ってリラックスする方法も良いですね。そういう時間をもったいないと感じる人もいると思うんですけれど、眠る前の状態が重要なんですよ。「そんなことをしなくてもいつも3分以内に寝れています」という人もいますが、それが20代以上の人の場合は何らかの理由で単に睡眠負債が溜まっているだけです。

寝る前も昼間もお勧めのデジタルデトックス

私自身の寝る前のルーティンとしては、まずはSNSを一切見ないことです。誰かの投稿を見ると、プラスのこともマイナスのこともどんどん考え始めるのが分かっていますから。私は寝る前のルーティンとして、趣味のサーフィンに効果のある筋膜リリースやスクワット、ストレッチをしています。あと、海外の本や雑誌も含めて面白かったと思う本を壁一面の本棚に集めていて、読み返しています。そのときもスマホを片手に行うのではなく、目の前の一つのことに集中します。瞑想も効果的ですが、無駄な時間が嫌いで常に脳内で何かを処理している人は苦手ですよね。私も得意ではありません。そういう人はただ、ぼーっとするだけでもいいです。我が家には大きなヤシの木があって、その葉っぱを見ながら10分とか20分とかぼーっとするのも日課にしています。

少しの時間ぼーっとすることは、日中に取り入れてもパフォーマンスが上がるのでお勧めです。日中は長いですから、高いパフォーマンスを保つためには、脳が常に走り続けている状態をいったん休ませる状況を作ることが大事なんです。最近は、生産性向上のためにパワーナップという20分前後の積極的睡眠を取り入れる企業も増えています。昼寝ができると、帰宅後にうたた寝をして睡眠リズムが崩れてしまうことも防げます。ただ、パワーナップを導入していない企業で働く人の方が多いと思いますので、そういう人はオフィスの窓から外を眺めたり移動中に空を見上げたり、あるいはアイマスクを付けて目を休ませたりするだけでも効果があります。交感神経が優位な状態をもっと自覚して落ち着かせるために、10分程度でも構わないので、昼間もデジタルデトックスする時間を設けるようにするといいですね。

「パワーナップや目を休ませる時間を持つと午後のパフォーマンスが上がります」(白濱院長)

「パワーナップや目を休ませる時間を持つと午後のパフォーマンスが上がります」(白濱院長)

パーフェクトを目指さなくて良い

自分はちゃんと眠れているのか、分からないという人もいると思います。健康診断を受けても睡眠に関することはほとんど聞かれませんしね。でも、眠れていないとメンタルにも影響し、不眠症からうつ状態、さらにうつ病へと進むケースもあります。睡眠時無呼吸症候群という病気の有病率は10%で、10人に1人はいるわけです。しかもアジア人はなりやすいんですが、あまり気にされていません。ドライバーの方が睡眠時無呼吸症候群の場合、事故を起こす確率が3倍にも5倍にもなると言われているので、全日本トラック協会は睡眠時無呼吸症候群のスクリーニング検査の助成もしています。他にも電車やバスの運転手、飛行機のパイロットは事故を起こした場合の社会的な影響が大きいので、睡眠健診を行っています。ビジネスホテルの東横INNでは、宿泊者が自分の睡眠状況を可視化できる「すいみんPJ」というサービスを提供していて、希望者には検査用電子モニターを貸し出し、それをマットレスに設置すると自動的に睡眠を解析してくれます。問題が分かれば改善策を取ればいいので、自分の睡眠を知っておくことは大事です。

普段の診察やさまざまな企業の方やアスリートらと関わる中で大事なことだと思っているのは、「常にパーフェクトな人でなくても良い」ということなんです。仕事もフルアクセル、帰ったら家事もバリバリこなしてさらに資格の勉強もして明日のお弁当の準備もして、という生活をしていると当然ですが疲れます。優秀で体力的にもメンタル的にも強い人はパーフェクトを求めますし、そういう攻めの姿勢と睡眠は真逆のことなので苦手かもしれません。でも、1日は24時間しかないので取捨選択をするしかありません。 質の高い睡眠を取るためには、「自分本位に過ごすようにすること」がポイントと言っても良いような気がします。

「従業員の睡眠が改善すると業績が向上する効果も期待できます」(白濱院長)

「従業員の睡眠が改善すると業績が向上する効果も期待できます」(白濱院長)

睡眠は、例えるならばスマホやパソコンの充電と同じです。睡眠が足りていない状態は、オンライン会議が10本も入っているのにバッテリーが20%ぐらいで家を出ている状態と同じだと思うんです。それは心配ではないですか? 皆さんスマホやパソコンはしっかり充電するし、外出するときは充電器も持って行ったり、忘れたときはコンビニでモバイルバッテリーのレンタルサービスを利用したりするほどなのに、自分の体となると寝ていない状態でも平気で出勤しますよね。本当は2時間ほど頭を使ったり動いたりだけでも10時間くらいの睡眠は必要なんです。我々は進化の過程で深く眠るノンレム睡眠を習得して、凝縮した時間で体を充電する術を身に付けたから睡眠時間よりも長い間活動できているんです。人間が生き物としてのパフォーマンスを維持しながら日中動き回っていることは、奇跡的なことなわけですよ。だからこそ、最低限の7時間程度はちゃんと眠ってほしいと思います。企業しても、従業員の睡眠が足りていれば業績が向上し、社内の雰囲気や人間関係もさらに良くなると思うので、睡眠の質を上げるような取り組みをぜひ始めていただけたらいいのではないでしょうか。

【編集後記】

睡眠をスマホやパソコンの充電に例えられたお話が印象的でした。多少の睡眠不足は気合いで乗り切れるような気がしてしまうのは、睡眠の度合いを可視化していないからだと納得。早速、睡眠状態を記録できる睡眠アプリを使い始めました。目覚めたときのすっきり具合とデータを見比べ、眠るときには一日のパフォーマンスを振り返ったりストレッチをしたり。ぐっすり眠れた日は仕事もはかどり、睡眠がいかに仕事の質に影響するかを実感しています。


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