トータル・ヘルスプロモーション・プランとは?実践方法を詳しく解説
「トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP:Total Health promotion Plan)」は、働く人の心身の健康を守り、労働生産性を維持・向上させるための重要な取り組みです。1980年代から政府主導で普及が推進されてきましたが、近年は健康経営の観点からも注目を集めるようになりました。
本記事では、トータル・ヘルスプロモーション・プランの導入メリットや実践方法、実施する際に留意すべきポイントなどについて解説します。
目次[非表示]
- 1.トータル・ヘルスプロモーション・プランとは、厚生労働省が推進する健康保持増進措置のこと
- 2.トータル・ヘルスプロモーション・プランが求められる理由
- 2.1.定期健康診断における有所見率の増加
- 2.2.ストレスや不安を抱える人の増加
- 2.3.生活習慣病の有病者・予備軍の増加
- 3.トータル・ヘルスプロモーション・プランを推進するメリット
- 3.1.プレゼンティーズムを解消できる
- 3.2.職場が活性化する
- 3.3.未病対策につながる
- 3.4.企業の経済的負担を軽減できる
- 3.5.メンタルヘルスの改善が期待できる
- 3.6.離職防止につながる
- 3.7.ブランディングや企業イメージの向上が期待できる
- 4.トータル・ヘルスプロモーション・プランの実施方法
- 4.1.1.健康保持増進計画を策定する
- 4.2.2.総括的推進担当者を選任して体制を作る
- 4.3.3.課題の把握、目標設定
- 4.4.4.健康保持増進措置を実施する
- 5.トータル・ヘルスプロモーション・プランを実施する上での重要なポイント
- 5.1.個別対応と全体対応を両立させる
- 5.2.従業員が参加できる仕組みを作る
- 5.3.高齢化を見据えた取り組みをする
- 6.トータル・ヘルスプロモーション・プランは、健康経営にも有効
トータル・ヘルスプロモーション・プランとは、厚生労働省が推進する健康保持増進措置のこと
トータル・ヘルスプロモーション・プラン(THP:Total Health promotion Plan)は、働く人の心身の健康を維持する目的で、厚生労働省が策定したものです。まずはトータル・ヘルスプロモーション・プランの概要を見ていきましょう。
トータル・ヘルスプロモーション・プランが生まれた経緯
トータル・ヘルスプロモーション・プランのそもそもの始まりは、1979年7月に策定された「中高年労働者健康管理事業補助制度実施要項」において、35歳以上の中高年齢労働者の健康づくり運動を社内で推進するよう企業に求めた「SHP(Silver Health Plan)」です。
SHPの策定からしばらくして、仕事に関して強い不安やストレスを感じ、心身の不調から休職する若年層が増加したことを受け、中高年齢層だけでなく働く人全体の健康保持増進が求められるようになりました。
そこで、1988年の労働安全衛生法の改正において企業が取り組むべき健康づくりの対象が拡大され、「事業場における労働者の健康保持増進のための指針(THP指針)」が企業の努力義務となったのです。
トータル・ヘルスプロモーション・プランの目的
厚生労働省は、産業医による健康測定の結果に応じて、各専門職が運動指導や保健指導、メンタルヘルスケアなどを行い、労働者の心身両面の健康を維持することをトータル・ヘルスプロモーション・プランによって目指しています。
また、2021年、2023年には、さらなる高齢化や産業構造の変化などを踏まえた法改正が行われ、事業者と医療保険者との「コラボヘルス」が求められるようになりました。
法改正によって、労働生産性向上と欠勤日数削減に向けた健康リスク要因の減少、労働者の体力などの確認による労働災害や休業の削減、うつ病リスクを低減するためのメンタルヘルスの改善などの項目が新たに盛り込まれています。
【参照】独立行政法人 労働者健康安全機構「THP指針改正とコラボヘルスの推進」|独立行政法人 労働者健康安全機構(2023年1月)
https://www.johas.go.jp/Portals/0/data0/sanpo/sanpo21/pdf/111_p2-11.pdf
【参照】厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」|厚生労働省(2023年3月)
https://www.mhlw.go.jp/content/001080091.pdf
【参照】厚生労働省「平成26年版厚生労働白書 健康長寿社会の実現に向けて~健康・予防元年~(本文)」|厚生労働省(2015年10月)
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/14/dl/1-01.pdf
トータル・ヘルスプロモーション・プランが求められる理由
近年、改めてトータル・ヘルスプロモーション・プランに力を入れて取り組む企業が増えてきました。
その背景には、労働者の健康状態が年々悪化し、休業者の増加や医療費の増大によって企業の経営を圧迫しかねない状況があります。ここでは、トータル・ヘルスプロモーション・プランが求められる理由を見ていきます。
定期健康診断における有所見率の増加
定期健康診断において何らかの所見を指摘される労働者は増加傾向にあり、2019年から60%台を超え続けています。これは、10年前の有所見率に比べて約10ポイントの増加です。有所見率だけ見ても、企業が労働者の健康問題に注視する必要があることがわかります。
【参照】厚生労働省「健康診断種類別・有所見率の推移」|厚生労働省
https://jsite.mhlw.go.jp/miyagi-roudoukyoku/content/contents/001599285.pdf
ストレスや不安を抱える人の増加
仕事や職業生活に対して強い不安や悩み、ストレスを抱える人の割合は、厚生労働省の2022年の調査で実に82.2%にも上っています。メンタルヘルスは、生産性の向上や人手不足解消などに大きく関わるものです。この調査結果から、トータル・ヘルスプロモーション・プランは、労働者のメンタルヘルスも含めた健康づくりを目指す上で、どの企業にも求められることがわかります。
なお、不安や悩み、ストレスの内容として最も多かったのは「仕事の量(36.3%)」、次いで「仕事の失敗、責任の発生等(35.9%)」、「仕事の質(27.1%)」の順でした。
【参照】厚生労働省「職場におけるメンタルヘルス対策の現状等」|厚生労働省(2024年3月)
https://www.mhlw.go.jp/content/11201250/001236814.pdf
生活習慣病の有病者・予備軍の増加
生活習慣病の有病者、およびその予備軍も増加しています。生活習慣病は、国内の死亡原因の半数を占めるがんをはじめ、心疾患、脳血管疾患などの発症要因となるほか、生活の質(QOL)を低下させ、仕事やプライベートの活動に大きな影響を及ぼします。
生活習慣病で治療が必要な患者は高齢になるほど増加しますが、食生活の乱れや運動不足といった原因行動は若いうちに始まって定着するという事実も見逃すことはできません。しかし、トータル・ヘルスプロモーション・プランの実践により、若いうちから適切な生活習慣を身に付ければ、将来的に企業経営を脅かす健康リスクを減らすことが期待できます。
【参照】文部科学省「健康な生活を送るために」|文部科学省(2021年4月)
https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/20210423-mxt_kouhou02-08111805_4.pdf
トータル・ヘルスプロモーション・プランを推進するメリット
トータル・ヘルスプロモーション・プランの推進は、従業員と企業の双方にメリットをもたらします。具体的にどのようなメリットがあるのか見ていきましょう。
プレゼンティーズムを解消できる
トータル・ヘルスプロモーション・プランの実践により、労働生産性低下の大きな要因であるプレゼンティーズムを解消できる点は大きなメリットです。
プレゼンティーズムとは、心身に何らかの不調を抱えたまま仕事に従事している状態のことで、従業員の健康にまつわるコストの多くを占めているといわれています。従業員自身も自覚していないことが多く、アブセンティーズム(健康問題による欠勤)に比べて予防が難しいとされてきました。
トータル・ヘルスプロモーション・プランは心身の両面から従業員をケアする取り組みであり、プレゼンティーズム、アブセンティーズムの両面から従業員のパフォーマンス向上に貢献します。
【用語集】
職場が活性化する
トータル・ヘルスプロモーション・プランを推進すると、職場が活性化するメリットも期待できます。心身の状態が充実している人は、職場の仲間と活発にコミュニケーションをとり、意欲的に仕事に取り組みます。こうした人が増えれば、職場の雰囲気は自然と明るくなるでしょう。
未病対策につながる
全従業員を対象としてトータル・ヘルスプロモーション・プランを実践すると、「未病」を早期発見して心身全体をより健康な状態に近づけることができる点もメリットです。
未病とは、発病してはいないものの健康な状態から離れつつある状態のことで、未病の状態にいち早く気づいて適切な対策をとることができれば健康寿命を延伸できるとされています。
【おすすめ参考記事】
企業の経済的負担を軽減できる
企業の経済的負担を軽減できる点も、トータル・ヘルスプロモーション・プラン実践のメリットです。従業員が病気やけがで休業すると、給与の6割程度を目安とした労災保険からの休業補償給付があり、不足分を会社が負担することになります。しかし心身ともに健康な従業員が増えれば、自然と休業も減り、企業の経済的負担も軽減されるでしょう。従業員の通院や入院が減っていけば、国の医療費削減も期待できます。
メンタルヘルスの改善が期待できる
従業員のメンタルヘルスの改善が期待できる点も、トータル・ヘルスプロモーション・プラン実践のメリットです。厚生労働省は、デスクワークが長時間に及び、座りっぱなしの時間が長い人ほどメンタルヘルスの問題を抱えやすいという調査結果を公表し、注意を促しています。
日常生活で座りっぱなしの時間が長い人は、そうでない人と比べて肥満度が高く、2型糖尿病罹患率や心臓病罹患率が高いことがわかっています。しかし、職場内で適度な運動や休憩を推奨すると、従業員のメンタルヘルスの改善が期待できます。
【参照】厚生労働省「座位行動」|厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/content/000656521.pdf
離職防止につながる
離職防止につながる点も、トータル・ヘルスプロモーション・プラン推進のメリットです。トータル・ヘルスプロモーション・プランを推進するということは、企業として従業員を大切にする姿勢を示すということです。従業員は「会社に大切にされている」「守ってもらえている」と感じ、ロイヤルティ(会社に対する愛着や忠誠心)が高まるでしょう。
結果として離職率が低下し、優秀な従業員に長く勤めてもらうことが期待できます。
ブランディングや企業イメージの向上が期待できる
ブランディングや企業イメージの向上が期待できる点もトータル・ヘルスプロモーション・プラン推進のメリットです。自社へのロイヤルティや仕事へのモチベーションが高い従業員が多いと、来客にポジティブな雰囲気が伝わったり、ブランドイメージの醸成につながる発言を従業員が積極的に行ったりすることが期待できます。自ずと従業員を大切にするという企業イメージの向上や、新たな人材の採用にも良い効果をもたらすでしょう。
トータル・ヘルスプロモーション・プランの実施方法
トータル・ヘルスプロモーション・プランは、具体的にどのような流れで進めていけば良いのでしょうか。ここでは、トータル・ヘルスプロモーション・プランの実施方法を、4つのステップで解説します。
1.健康保持増進計画を策定する
まず、企業として従業員の健康保持増進に取り組む方針を表明します。
労働者の健康保持増進措置に継続的かつ計画的に取り組むことは、労働安全衛生法第69条に定められた企業の義務ですが、中長期的な視点に立って着実に実行する姿勢を改めて示すことが大切です。
なお、同法では、事業者の取り組みを利用して健康保持増進に努めることを労働者に求めています。方針の表明と併せて、従業員の積極的な参加も重要であることを説明しましょう。
【参照】厚生労働省 愛知労働局「THPに取り組みましょう」|厚生労働省(2023年4月)
https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/content/contents/001051680.pdf
2.総括的推進担当者を選任して体制を作る
トータル・ヘルスプロモーション・プランの取り組みをスムーズに進めるため、総括的推進担当者を選任し、計画の推進を担う委員会を作ります。
産業医、衛生管理者、保健師といった事業場内の産業保健スタッフのほか、人事労務管理スタッフなどがメンバーに入ると事業場の状況に適した対応が可能となります。事業場のモチベーションをより高めたい場合は、一般の従業員に研修を受けさせてからメンバーとして参加してもらうのも良いでしょう。
また、社内リソースだけでなく事業場とは異なる資源の活用も有効です。下記にその一例を紹介します。
<活用を検討できる事業場以外のリソース例>
- 健康保持増進に関する⽀援を推進する機関:労働衛生機関、中央労働災害防止協会、スポーツクラブなど
- 医療保険者:地域の医師会や⻭科医師会、地方公共団体など
- 産業保健総合支援センター:産業保健に関する幅広いサービスを無料で提供している公的機関など
3.課題の把握、目標設定
具体的かつ効果的な施策を講じるため、健康診断の結果や、健康な状態と要介護状態の中間の段階を示すフレイルチェックなどで得た情報をもとに、従業員の心身の状態と課題も把握します。
施策の達成度合いを確認できるよう、定量的な目標も設定しておきましょう。
4.健康保持増進措置を実施する
健康保持増進のため、健康指導を実施します。健康指導の例としては下記の5つが挙げられます。
-
運動指導
運動指導は、従業員の⽣活状況や希望を踏まえて、安全に楽しくかつ効果的に実践できるよう配慮します。その際、従業員の生活状況や趣味なども考慮し、無理なく実践できるプログラムにすることも重要です。
個人への働きかけのほか、全社でウォーキング大会を開催したり、階段利用を促進したりする方法も取り入れると良いでしょう。 メンタルヘルスケア
健康診断の結果やストレスチェック、本人の申し出などをもとに、従業員が抱えているストレスに対してメンタルヘルスケアを実施します。栄養指導
栄養指導担当者が⾷習慣や⾷行動について詳しく診断し、適切な改善策を提案します。口腔保健指導
歯と口腔内の健康は、全身の健康維持に直結します。各事業場の実態に即して、地方公共団体や地域歯科医師会のサービスを活用しながら指導を実施すると良いでしょう。保健指導
産業保健担当者が、勤務形態や生活習慣に端を発する健康問題を解決するための保険指導を行うことも重要です。
【参照】厚生労働省 愛知労働局「THPに取り組みましょう」|厚生労働省(2023年4月)
https://jsite.mhlw.go.jp/aichi-roudoukyoku/content/contents/001051680.pdf
トータル・ヘルスプロモーション・プランを実施する上での重要なポイント
トータル・ヘルスプロモーション・プランを実施する際には、下記に紹介する3つのポイントへの意識も重要です。できるだけ従業員の実態に即したトータル・ヘルスプロモーション・プランを策定しましょう。
個別対応と全体対応を両立させる
健康保持増進措置には、個々の従業員の健康状態を改善する目的で個別に行うものと、オフィス環境や長時間労働など事業場全体で実施すべきものがあります。
事業者は、それぞれの措置の特徴を把握し、効果的に組み合わせて取り組むことが大切です。
【参照】厚生労働省「事業場における労働者の健康保持増進のための指針」|厚生労働省(2023年3月)
https://www.mhlw.go.jp/content/001080091.pdf
従業員が参加できる仕組みを作る
従業員の中には、食事や運動に強い関心がなく、健康保持増進措置に消極的なメンバーもいるはずです。そのため、すべての従業員が楽しみながら参加できるよう、イベントやゲームといった形式での実施も検討しましょう。
健康保持増進措置が一過性の取り組みに終わらず、自社の文化として根付くような工夫が求められます。
高齢化を見据えた取り組みをする
日本は超高齢社会に突入し、就業者数に占める高齢者の割合は年々増加しています。
年齢を重ねても働き続けるためには、心身両面の健康が欠かせません。若いうちから適切な食習慣と運動習慣を定着させるとともに、加齢に伴ってリスクが高まる認知機能の低下や、自立度が低下して要介護状態に近づいているフレイル、骨や筋肉、関節などの機能が低下した状態のロコモティブ・シンドロームなどの予防にも取り組む必要があります。
健康保持増進措置は、従業員の高齢化を見据えて内容を検討しましょう。
【用語集】
トータル・ヘルスプロモーション・プランは、健康経営にも有効
トータル・ヘルスプロモーション・プランは、心身ともにすこやかに働く人を増やす取り組みです。一人ひとりのQOLが上がれば、生産性が向上し、さらに健康経営の観点からも企業価値の向上につながっていくでしょう。
ただし、トータル・ヘルスプロモーション・プランは即時的に効果が出るものではないため、中長期的な計画にもとづく取り組みが必須です。外部機関とも連携しながら、着実に取り組みを進めていってください。
「マイナビ健康経営」は、人と組織の「ウェルネス(健康)」をさまざまなサービスでサポートしています。従業員の心身の健康向上につながるトータル・ヘルスプロモーション・プランに取り組む際には、お気軽にご相談ください。